下界の景色

 さて皆さん、飛行機の窓から見下ろしたこの地形はいったいどこでしょうか?

ヒント1、日本国内です。
ヒント2、九州から羽田に向かう途中です。
ヒント3、愛知県です。
ヒント4、椰子の実が流れ着いた場所らしい。

はい、もう分かりましたね。正解は伊良湖岬です。

 高校時代の地理の先生が、飛行機に乗る時はいつも地図帳を持って行くんだとおっしゃっていたのを思い出します。あの頃は普通の高校生や大学生が飛行機を使って旅行する機会など滅多にありませんでしたし、飛行機という乗り物が今ほど安全なイメージの無い時代でしたから、自分ではなかなか空の旅を経験することもありませんでしたが、大人になって時々飛行機を利用するたびに、あの先生の好奇心が分かるようになりました。

 別にわざわざ地図帳など持参しなくても、最近の旅客機の座席にはルートマップとして正確な日本地図が備え付けてありますから、下界の海岸線や湖水や河川などの地形、市街地や道路や鉄道などの比較的目立つ人工のランドマークなどと照らし合わせていくのは、列車の旅とはまた違った楽しみですね。

 地理の授業の復習はともかく、下界を刻々と過ぎ行く景色の中には自分がかつて訪れた場所もあって、その上空を飛行する時などはいろいろ懐かしい思い出がよみがえります。旅客機の窓側の席に座りながら、居眠りしている人の気が知れない(笑)、国際線で10時間以上も乗る時なら分からないでもないが、国内線はせいぜい2時間か3時間足らずの飛行時間なのだから、空の高みから空間的に下界を見下ろすだけでなく、現在から自分の過去の足跡を時間的に眺めることもできる特等席を楽しんで欲しいですね。私ならたぶん毎日乗っても、晴れてる日なら決して見飽きない。

 この写真は羽田に向かうフライトの最中でしたが、瀬戸内海や関西地方の地形がよく見えたので、かつて3年間住んだ浜松が間もなく見えるかも知れないと期待していました。しかしあいにく北日本から東日本にかけて寒冷前線の厚い雲に覆われていたので、日本列島の姿は伊良湖岬を最後に隠れてしまいましたが、伊良湖岬は浜松勤務中に何度も自家用車で往復しました。車で往復すれば3時間もかからなかったので、勤務に疲れた夜や週末に海を見ながらドライブで気晴らししたものです。

 浜松の病院から医局旅行でも1回伊良湖へ行きました。当時は外科と産婦人科にそれぞれ名物先生とも言える実力者が1人ずついらして、病院の将来像や経営母体との協調関係などほぼ正反対と言ってもおかしくないくらい懸け離れていましたが、お二人とも部下の目から見て本当に私心なく病院や患者さんのことを考えておられました。お二人ともすでに亡くなられたと先日浜松に行った時にお聞きしました。ご冥福をお祈りします。

 私の高校時代に一緒に音楽部で活動した親友の1人は、ご両親の郷里が愛知県の方で、一人息子さんでしたが不幸なことに高校在学中に悪性腫瘍で亡くなられてしまいました。私たち音楽部の同期生が揃って大学に合格した昭和46年、東京から愛知へ戻られていたご両親を皆でお訪ねした折、蒲郡から水中翼船で伊良湖岬へ連れて行って頂いたこともあります。一泊旅行で大学合格をお祝いして頂きましたが、ご両親はお寂しい心境だっただろうにもかかわらず、皆の大学の学生証を見ながらとても喜んで下さいました。今はきっと親子3人で私たちのことを見守って下さっていると信じたいです。

 飛行機の窓から下界を眺めていると、いろいろとりとめないことが脳裏を過ぎりますね。ただ地表の空間を見下ろしているだけでなく、自分の生きてきた時間までを振り返っているような錯覚があります。だから連日の出張で飛行機搭乗などもう飽き飽きだという人でも、もし窓際の特等席、それも主翼を外れて下界が見渡せる座席を幸運にもゲットできたら、ぜひ居眠りなどせずに目一杯楽しんで下さい。


         帰らなくっちゃ