交響曲第9番「合唱付」(ハイリゲンシュタット)

 今年の年末もまたカミさんがコンサートマスターを務める「第九」の演奏会を聴きに行きました。(この写真はサントリーホールの専門家が撮って下さったものです。くれぐれも聴衆の方の写真撮影はお止め下さいね。)客席で見ていると面白いのですが、聴いている人たちは年末の仕事納めやら忘年会でお疲れなのか、第2楽章の途中くらいからコックリコックリする人が増えてきます。ところが第4楽章でテンポが急に速くなるところで、すべての人が一斉にパッと目を覚ますのですね。「第九」は第4楽章だけ演奏してくれればいいと言う人もいるくらいで、会場に来ている聴衆の大部分は第4楽章がお目当てと言ってよいでしょう。(私もそうです。ところが今年2003年大晦日から元旦にかけてベートーベンの1番から9番までを一挙に演奏する企画があって、カミさんも出ていましたが満員だったそうです。やはり本物の音楽ファンは違います。)
 その第4楽章にもツボが2ヶ所あって、そこは聴衆全員が息を詰めて聞き入らなければならないほど大事なポイントですから、間違ってもそこで咳払いなどしないように注意しましょう。クシャミなどもってのほかです。
 その第一のポイント。それまでの第1から第3楽章までのテーマを短く反復するたびに低音弦楽器がこれを打ち消した後、低音弦楽器自身があの有名な歓喜の歌の旋律を歌い始めますが、その直前にわずかな沈黙の間ができます。この一瞬の静寂が何とも言えません。ところが「いよいよ始まるぞ」という緊張感のためかも知れませんが、ここで咳払いして隣りから睨まれている人を時々見かけます。
 第二のポイントは、しばらく続いたソリストと合唱とオーケストラの掛け合いが一段落した後、再びあの歓喜の歌の旋律が全合唱・全合奏で一気に爆発する個所がありますが、この直前にも一瞬の静寂がある。ピアニッシモではないので第一ポイントほどは目立ちませんが、やはりここも大事に聴いていて欲しいものです。

 音楽家の夫でありながら、この程度のことしか書けなくて申し訳ありませんが、なぜ毎年この年末の時期になると全国で「第九」が演奏されるのでしょうか。諸説あって私にはどれが正しいか判りません。ベートーベン最後の交響曲だから年末に演奏するのだと言う人もいますが、なぜ他の作曲家の最後の交響曲を年末にやらないのかという説明になっていません。
 私がたぶん一番本当だろうと信じたい説は、学徒動員で戦没した友を偲んで、戦争の終わった年の末にかつての仲間たちが集まってベートーベンを聴いたのが最初だというものです。どこで聞いた説かは忘れましたが、「歓喜に寄す An die Freude」の詩人シラーは特攻隊員を含めた当時の出陣学徒たちの愛読書のひとつだったようです。出征前のひととき、仲間たちと粗末な蓄音機でベートーベンを聴いて、自分の苦悩に重ね合わせていた若者たちも多かったに違いないと考えると、第4楽章を聴いていて涙が出そうになります。

 もうひとつ、この曲を聴いていてジーンとくるのは、初演の時の有名なエピソードです。初演を指揮したのはベートーベン自身で、その時には彼は聴力を失っていて、自分で作曲したこの名曲を自分の耳で聴くことはありませんでした。(あるいは心の中では完璧なものを聴いていたのかも知れませんが…。)彼が愛したワインに当時添加されていた鉛中毒による症状とする説も有力なようです。
 演奏終了後、ベートーベンとこの作品を称える聴衆の喝采と歓呼も彼の耳に届かなかったわけですが、それを見かねた楽団員の一人が彼の身体を聴衆の方向に向き直らせる、その光景も想像するだけで胸が一杯になりますね。

 ところでこれは1996年にウイ−ンを旅行した時に、ハイリゲンシュタット(Heiligenstadt)の家の前で撮った一枚です。難聴に悩んで死を決意したベートーベンが遺書を書いた場所として有名です。現在は記念館になっていますが、ヨーロッパではよく見かけるごく普通の家でした。

                    帰らなくっちゃ