ブダペスト(Budapest)余聞


 ブダペスト(Budapest)を去ってウィーン(Wien)へ向かう日、ブダペスト東駅から発車する国際列車の前である。それまでも西欧諸国の幾つかは訪ねたことがあったが、東欧の国はハンガリーが初めてで、いろいろと思うことが多かった。その一つは、やはり国の経済の規模が日米や西欧諸国に比べて圧倒的に小さいということである。
 経済の専門家でなくても肌身に沁みて判ることは、物価が信じられないくらい安い。日本円に換算して100円か200円も払えば、立派なランチが食べられる。私はハンガリー入国時に1万円両替したところ、最初の1週間は新たに両替する必要は無かった。カミさんは仕事の関係で1週間遅れで到着したので、結局は私1人分の経費であったが、あちこち同僚たちと食べ歩き、土産物も買い求めていたことを考えれば、1週間で1万円はかなり安い。これは発展途上国などでも同じで、日本などからの旅行者にとってみれば嬉しい限りである。
 しかしこの事は裏を返せば、これらの国の人々が日米や西欧を訪れる場合には逆の感覚となることを忘れてはならない。彼らが1週間汗水流して働いて得た報酬が、日本では1回の普通の昼食で消えてしまうということなのである。日本でもさまざまな国際学会やフォーラムなど、多くの国際的行事が開催される機会も増えているが、主催者にはこういう経済規模の小さい国々からやってくる人たちに対する思いやりが必要になるだろう。我々がよその国に行ってハンバーガーを食べたら日本円で10000円請求されたような状況を想像できなければいけないと思う。
 ブダペストのタクシーの運転手の中には悪い奴がいて、観光客と見ればわざと遠回りしてメーターをごまかされるから気をつけろと言われていたが、実際に被害に逢った同僚の話では、せいぜい日本円にして500円程度の回り道であった。ところが国境を越えてウィーンへ着いてみると、朝1万円両替しても、昼にはもう財布がカラッポになっている。ちょっと電車で宮殿に行って、カフェでコーヒーを飲んだくらいなのに…。資本主義経済とは国家規模の合法的な泥棒ではなかろうか。

 もう一つブダペストで気がついたことは、ハンガリーの女性たちは大変美しいということだ。もちろんスペインやフランスや(そしてもちろん我が日本の)女性たちが美しくないというわけではないが、ハンガリーの女性たちは西洋の美しさと東洋の美しさを兼ね備えた実に不思議な魅力を持っている。ここで私は生物としての人類の行跡を思った。一部の方々にとっては不謹慎な話かも知れないが、私のように医学生に遺伝学を教えている者にとっては興味深いことではある。
 13世紀、全ユーラシア大陸は巨大なモンゴル帝国の深刻な脅威にさらされていた。チンギス・ハーンが西域遠征に着手したのが1219年、その世界最強の軍団の前に、当時のヨーロッパ諸国はイスラム教とキリスト教を問わず、なす術もなく崩れ去り、1241年にはハンガリー軍も壊滅する。戦いに敗れた国々の住民たちの運命は悲惨だった。まして相手は悪魔の兵団と言われたモンゴル軍団である。技術を持った者はモンゴル本国へ連れ去られ、若い男は次の城を攻めるための兵隊にされ、若い女は慰み物として犯され、残りは皆殺し…。
 ハンガリーを始めとする東欧地域を蹂躙したモンゴル帝国の兵士たちにとっては、肌が白くて鼻が高い金髪の異国の女たちは性欲を満たす絶好の戦利品だったに違いない。手当たり次第に女を捕まえては性欲の生贄に供したであろう。まさに阿鼻叫喚の地獄か。
 こうしてモンゴル兵士たちは勝者の特権として女性たちを”略奪”したが、実は生物学的に”略奪”されたのは男性兵士たちの方ではなかったろうか。彼らは蒙古民族に伝わった遺伝子の半分を東欧の女たちに奪い取られてしまったのである。こうして東欧諸国には元々の西洋の遺伝子の他に東アジアの遺伝子が色濃く取り残されている可能性がある。これは生物の形質としては非常に有利なことである。だから女性たちには東西の魅力を兼備した美人が多いし、男だって、たとえばレスリングなどの格闘技を見れば、イギリスやフランスの男よりはハンガリーやユーゴやブルガリアの男たちの方が強そうである。
 私は初めて東欧の美女たちを目にした時、なぜか手塚治虫の漫画「火の鳥 黎明篇」を思い出した。高天原族の大王ニニギが征服した部族の美女を略奪して陵辱するのであるが、最後にヤマタイ国人の子供を身ごもったその女が勝ち誇ったように笑いながら立ち去っていく場面が非常に印象的であった。勝利者が敗者の女性を我が物にして陵辱するなど、現在の倫理観では到底許されないものではあるが、歴史的には受け身の犠牲者のように見える女性たちこそ生物学的な勝利者だったのではなかろうか。ふとそんな想いがよぎったブダペストの旅であった。


これが手塚漫画の非常に印象的なセリフの入ったコマです。


              帰らなくっちゃ