銚子電鉄

 
電車修理代を稼がなくちゃ、いけないんです
こんなキャッチコピーがウェブページに掲載されたのは2006年のことでした。経営者による1億1千万円の業務上横領事件により資金難に陥った銚子電鉄(銚子電気鉄道)は、電車車両の法定検査さえ行なえない事態に立ち至り、一時は倒産の憂き目かとも思われましたが、このキャッチコピーが全国に波紋を呼び、銚子電鉄が副業として製造・販売している“ぬれ煎餅”の注文が殺到、それで何とか急場をしのいで営業継続にこぎ着けることができた経緯はテレビなどでも紹介され、私もぜひ一度、銚子電鉄に乗ってみたいと思っていました。

 お盆を少し過ぎたばかりの暑い日、東京から総武本線の特急電車「しおさい」に乗って銚子へ、そして銚子駅のJR線と連続するホームから憧れの銚子電鉄の電車に乗りました。
 確かに修理代が払えなかったらそのまま博物館入りしそうな車両でしたが、駅のホームも電車の車内も沿線の会社や商店の手作りの広告が所狭しとぶら下がっており、また車窓の風景を解説するボランティアの人などもいらして、銚子電鉄が息を吹き返したのは“ぬれ煎餅”だけの力ではなく、地元の人々の暖かい支援があったからこそという感じが伝わってきたものです。

 上の写真はデハ801という伊予鉄道から譲渡された車両で、何と1950年生まれだそうです。私よりも1年早い生まれですね。
私の体も修理代が必要なんです〜(笑)。
 もちろん車内のエアコンなど完備していませんでしたが、窓を全開にして走ると心地良い風が吹き込んできて快適でした。

 銚子電鉄は従業員24名の非常に小さな会社のようですが、代替バス路線に変えられてもおかしくないような軌道に、こんな古い車両を保守して走らせている熱意は並々ならぬものだと思います。電車が好きということも当然あるでしょうが、やはり自分の仕事に対する誇りがなければ到底できるものではありません。
 「鉄道マンがおかしくて煎餅なんか売ってられるか」というような狭量な誇りではありません。どんな種類の仕事であろうが、自分は守り育てていくに足る物に携わっているんだという、すべてを包み込むような大きな誇りです。銚子電鉄は小さな鉄道ですが、そういう大きな誇りを感じました。最近の日本の、特に将来安泰と思われる大きな組織に勤務している人間たちに欠けているのはこの誇りではないでしょうか。

 これは犬吠崎の近く、犬吠駅の踏切を通過するデハ1002という車両、元は東京営団地下鉄(現在は東京メトロ)銀座線を走っていたという車両にパンタグラフを付けたもののようです。東京の大都会の地下を走っていた車両が、塗装も塗り直して潮風の中を走り抜けていく光景はちょっと感動ものでした。ずっと縁の下の力持ちで頑張ってきた人が、晩年になってそんなに大きな舞台ではないが、明るい陽の光を浴びて穏やかな余生を送っている、そんな人生を思わせるようです。

 余談ですが、この青と黄色の塗装、何となく私の古い記憶に残っている昭和30年頃の小田急電鉄の塗装に似ているような印象がありますが、どなたかご記憶の方はいらっしゃいませんでしょうか?銚子電鉄の車両の本来の塗装は上のデハ801のような赤と黒だそうですが、こちらの塗装は“ぬれ煎餅”のお陰で車両整備が完了した時に塗り直されたものだとのことです。

 銚子鉄道の旅は何か懐かしい匂いがしましたが、そんなのどかな雰囲気も一度大事故を起こせば何もかも吹き飛んでしまいます。どうかこれからも修理代をしっかり捻出して、安全運航に気を配り、末永く爽快な潮風の中を走り続けて行って欲しいと願っています。


              帰らなくっちゃ