富嶽ルート三十六景

 江戸時代後期の天才浮世絵師 葛飾北斎(1760〜1849)による『富嶽三十六景』、日本のみならずヨーロッパの美術界にも衝撃的な影響を与えたとされる名作ですね。暴力的なまでに巨大な波浪に翻弄される舟の奥に小さく富士山が描かれた『神奈川沖浪裏』は、ダヴィンチの『モナリザ』に次いで世界で2番目に有名な絵画とさえ言われてますが、普通なら富士山を大きくドーンと描くところを、富士山までが大波に呑み込まれそうな構図になっている、そのへんの大胆な描き方がヨーロッパの画家たちの度肝を抜いたのは本当のことでしょう。しかもそんな天才 葛飾北斎の浮世絵が、1867年のパリ万国博覧会に出品される展示物梱包のための詰め物に使われていた、『北斎漫画』だそうですが、我々が引っ越しの時に食器が壊れないように古新聞を丸めて箱の詰め物にするように、浮世絵を丸めて粗末に扱っていた、この絵がゴミならあの国民は他にどんな立派な美術品を持っているというんだ、と当時のフランス人はびっくり仰天したようです。

 それはともかく、そんな天才 葛飾北斎が『富嶽三十六景』シリーズの題材にまで選んだ富士山、現代の我々もこの山が見える地域に住んでいる人ならば、やはり富士山が見えると「アッ、富士山だ」という想念が頭を過ぎることが多いのではないでしょうか。筑波山も2つの山頂を持った独特の美しい形をしていますが、なかなか「アッ、筑波山だ」とはならない。まして高尾山だとか、雲取山だとかが見えても、「ああ、山か」で終わってしまいます。

 そんな富士山が思いも寄らずきれいに眺められたりすると、最近では皆さん気軽にスマートフォンを取り出して、パシャッとシャッターを押す人が大勢いらっしゃいますね。私も例外ではなく、これまで数えきれないくらいたくさんの富士山の写真を何気なく撮りまくってきました。スマートフォンや小型デジタルカメラで気軽に写真を撮りまくれるということ自体は悪いことではありませんが、結局あまりにも簡単に写真を撮影できてしまうので、画像が際限なく増殖してしまい、きちんと整理しておかない限り何が何だか分からなくなるのが関の山、皆さんもご経験があるでしょう。

 最近では女子供ばかりでなく、いい年こいた私のようなオジサンまでが、どこぞの素敵なレストランや料亭で食事しようものなら、出された料理をスマートフォンで撮影する、将来グルメ評論家にでもなるつもりでしょうか(笑)。何年か経って見返した時、その美味しそうな料理は、いつ(これはデジタル写真自体に日付のデータが記録されているが)、どこで、誰と食べた食事か、もう分からなくなってしまっている。

 どうせ私の撮影した富士山の写真もいずれそういう運命を辿るでしょうから、そうなる前に印象的な情景を何枚か選んでまとめておこうと思います。葛飾北斎は三十六景をシリーズにしましたが(なぜか『富嶽三十六景』は46図あるが)、私はそんな大それた写真家ではありませんから、三十六景に平方根(ルート)を掛けて√36=6景を選んでみました。

小田急経堂駅 朝富士 東京山手 睥睨富士
荒川 夕富士 御殿場 夜富士
新幹線 車窓富士 富士山 森林限界

 小田急線の経堂駅は東京23区内の鉄道駅としては、富士山が最もきれいに見える駅ではないかと思っているのですが、私はここ30年以上も週1回経堂駅を通って仕事に行きました。その往復の折に撮った何枚かの富士山のうち、これは朝の出勤時の写真。私の他にも何人かの通勤客がカメラを構えてましたが、この朝は本当にきれいに富士山が望めました。

 次の写真は東京山手地域の向こうに富士山が聳えています。東京都民は心の中では、東京は関東平野の真ん中にあって、富士山だろうが筑波山だろうが、どっか遠い所にあるものとばかり思っているのですが、そんな日常生活は富士山の懐の中で営まれていることに気付かされる1枚です。

 次は荒川の夕富士、写っているのは東京スカイツリーじゃないか、富士山はどこだよと思うでしょうが、よく見ると画面右端のビルのシルエットに囲まれて小さくうっすらと富士山が写っています。その部分だけズームを上げて撮影すると、それなりに存在感のある富士山のシルエットも見えるのですが、私は敢えて東京スカイツリーの片隅に写っている小さな富士山の写真を選びました。
 言うまでもなく東京スカイツリーは日本人が造った最も高い建造物で、東京の東側を流れる荒川堤防の上から眺めると、確かに富士山は脇役になったようにかすんでしまいます。でもこの富士山はこう言っているんじゃないでしょうか。
「スカイツリーさんよ、確かにあんたは背が高いわ。だけどあんたがどんなに威張ったって、俺がちゃんとここに居るのが見えるだろ?俺の所からはお前さんは見えないぜ。」
富士山の自信みたいなものを感じます。

 御殿場の夜の富士山は実に神秘的です。特に雪化粧している時なんかは、まだ暁の光も射して来ないのに富士山の存在はちゃんと見えるのですね。人々が暮らす街の灯りに覆い被さるように聳える白い富士山には霊的なものさえ感じられます。これは震災被害に遭った福島県相馬市の親子キャンプで、御殿場の東山荘に行った時のものです。

 次は東海道新幹線の車窓から見える富士山。下りの新幹線だと三島駅を過ぎてしばらく行ったあたり、新富士の駅付近が一番よく見えますね。この時は小学校時代に歌った、「頭を雲の上に出し♪」という唱歌を思い出すような姿でした。この方向から見ると、富士山が長く裾を引いているのが美しいのですが、左の裾の下方がちょっと出っ張っているのが惜しいかな。

 最後は富士山に登った時の登山道からの1枚。富士山もある高さから上は高い樹木は生えることができず、低い灌木の茂みだけになります。その森林限界を越えた場所から撮影しました。確か葛飾北斎の『富嶽三十六景』にも『諸人登山』という登山道を描いたものがあるので、真似してみました(笑)。


         帰らなくっちゃ