高麗郷の秋

 9年振りに飯能の奥にある高麗郷を訊ねてみました。初秋のこの時期は巾着田という場所に数百万本といわれる曼珠沙華が咲き誇って、まるで深紅の絨毯を敷いたような見事な眺めを呈しています。
 巾着田の赤絨毯は9年前のページでご覧下さい。私が訪れようが訪れまいが、毎年毎年秋のお彼岸になると、これらの花は同じように深紅の花を咲かせていたのですね。そして私が生まれる前も、たぶん死んだ後も、毎年毎年…。

 
年年歳歳花相似
 歳歳年年人不同


 ここは西武鉄道沿線の有数の景勝地なので、特に曼珠沙華の時期の休日には大勢の人が繰り出して大変な混雑になるので、今回はせっかくの日曜日というのにいつもより早起きして、始発電車で出かけてみました。それでも人はたくさんいましたが(笑)、行列を作るほどではなかった。

 この写真の赤い花の向こうに大勢の人間が並んでいますが、たぶんこれから秋の収穫の時期を前にして出番を待っている案山子たちでしょう。もしかしたら夏休みに地元の子供たちが作ったものかも知れません。
 “案山子”と書いて“かかし”と読めましたか、学生の皆さん(笑)?それに大体“かかし”って知ってますか?小学校の頃の音楽の時間に、
 
山田の中の一本足のかかし♪
 天気も良いのにみのかさ着けて♪
 朝から晩までただ立ちどおし♪
 歩けないのか山田のかかし♪

という唱歌を習った時など、山田さんという子を「ヤーイ、かかし、かかし」とからかう子がいたものです。山田さんという名前の子供にとっては意外に迷惑な歌ですね(笑)。
 ついでに余談ですが、小学校で歌わされる唱歌で“田中”という言葉が出てくる歌は何でしょうか?全国の田中さん、覚えてますか(笑)? 
(答えはこのページ下段)

 ところで9年前の記事に、かつて昭和40年代最大のアイドルと言ってよい山口百恵さんが持ち歌の中で、“曼珠沙華”を“まんじゅしゃか”と発音していたことを書きましたが、その後いろいろな書籍やサイトを調べて、あれにも一理あるということを発見したので追記しておきます。

 現世に咲く赤い曼珠沙華は“まんじゅしゃげ”という名前です。まさか高麗に咲いてるこの花を“まんじゅしゃか”と呼ぶ人はいないと思いますが、古代サンスクリット語では天上界に咲く清らかな白い花を“マンジュウシャカ”といい、それに曼珠沙華の漢字を当てたという説がありました。
 天上界に咲く白い清らかな花、それを見る者は罪を浄められると言いますから、やはり百恵さんの歌の“曼珠沙華”という漢字のタイトルはまずいんじゃないでしょうか。昭和52年頃に発売されたカセットテープ(懐かしいですね…)の頃から、“曼珠沙華”の歌詞では次のようになってました。
 
マンジューシャカ 恋する女は
 マンジューシャカ 罪作り
 白い花さえ 深紅にそめる

そう、やはりサンスクリット語は日本語にとって外来語ですから、カタカナ書きが望ましい。サンスクリット語の天上界の白い花、罪を浄化してくれるはずのマンジューシャカの白い花でさえ、恋する女は曼珠沙華のように深紅に染めてしまう…という意味で、作詞者の阿木燿子さんは日本語とサンスクリット語をうまく掛け合わせて作詞された。そういう高等テクニックだったと解釈いたしましょう。

補遺:小学校唱歌で歌詞に“田中”という言葉が出てくるのは“朧月夜(おぼろづきよ)”の2番です。
   
里わの火影も 森の色も
   
田中の小路を急ぐ人も
   蛙の鳴く音も 鐘の音も
   さながら霞める朧月夜

        帰らなくっちゃ