花の都 パリ(Paris)

 最近では、「あの人、海外留学したことあるんだって。」と言っても、ただそれだけの事なら、「ヘエ。」とせいぜい12ヘエくらいで終わってしまう。まして国際学会や観光旅行で1週間や10日程度、海外に滞在しただけなら、「ドコソコの国に行って来たよ。」と言っても、「あっ、俺も行った、俺も行った。じゃあ、あそこのレストラン行っただろ?エッ、行ってない?お前、何しに行ったんだよ。良かったぞ〜!」と逆に自慢されかねない始末。
 しかし日本人が最近のように手軽に海外へ行けるようになったのは、1970年代後半くらいの頃からだったろうか。それまではパスポートの申請もずっと大変だったし、外貨の持ち出しも厳重な制限があったという。海外旅行など一般庶民にとっては夢のまた夢だった時代に、私は少年時代を送った。外国に行ったことがある友人などほとんどいなかったので、その父親が仕事で海外に行った友人というだけでも羨ましかったものである。たとえどんな形でも外国は憧れの的だった。
 明治の開国以来、日本人が憧れる外国のベスト3に常にランクされていたのはフランスではなかろうか。特に文士や芸術家のフランスに対する憧れは尋常ではなかったようだ。詩人の萩原朔太郎は次のように読んでいる。
 
フランスへ行きたしと思えども
 フランスはあまりに遠し
 せめて新しき背広をきて
 気ままなる旅にいでてみん


 こういう日本人のフランスへの憧れを見事にギャグで表現したのが、1960年代の赤塚不二夫さんの漫画、「おそ松くん」に登場したイヤミ氏であろう。長髪で出っ歯で洒落た背広を着込んで、何かあるとすぐに「ミーはおフランスへ行ったことがあるザンス〜。」などと、他愛もない自慢をする、キザだが憎めないキャラクターであった。しかしイヤミ氏も1960年代の日本だから人気者になったのであって、現在の日本で「シェー、おフランス万歳!」などとやってもシラけてしまうかも知れない。そういう意味で、赤塚不二夫さんのそれぞれの時代の雰囲気を感じ取るセンスの良さは抜群だったと思う。

 私たちは新婚旅行でフランスに行った。1983年のことだったが、面白かったのは、当時でもまだ日本人のフランス好きの影響が残っていたことだ。旅行社に行ってヨーロッパ旅行のツアーを探すと、必ず最後の訪問都市がフランスのパリなのである。ドイツへ行っても最後はパリ、イタリアへ行っても最後はパリ、北欧を回っても最後はパリ、イギリスを訪れても最後はドーバー海峡を渡ってパリ。これは思うに、せっかくヨーロッパまで来たんだから(どうせもうこれでヨーロッパまで来る機会もそんなに無いだろうから)、パリくらい見て帰りなさいよ、という旅行社の”親切心”だったに違いない。私たちの新婚旅行のコースもマドリッドからジュネーブを回って、最後は定番のパリであった


 というわけで、私たちも花の都パリへやって来ましたが、やはり大した町でしたね。文化と芸術の香りというか、昔の日本人が憧れた気持ちがよく判る。カミさんに言わすと、パリに限らずヨーロッパの精緻な石の建築は、中世から近世にかけての文化の香りを伝えているんだそうです。あちこちに犬の糞が落ちていたのには閉口しましたが、その昔のルイ王朝時代には、各家にトイレが無かったので窓から人糞も降ってきたんだとか…、いやはや信じられない話です。(まあ、日本でもごく最近まで男性は屋外で自然に小用を足していましたから、他人の国のことを笑えないのですが…。)
 パリでは面白いことがいろいろありました。レストランでお勘定のためにお札を数えていたら、隣りのテーブルの男女がこっちを指差して笑っている。きっと「あの田舎者が。」と言っていたんでしょう。見ていると、フランス人たちは会計するのもチップを渡すのも実にスマートにやっていました。いちいち財布の中身を確認しながら、なんて野暮なことはしていない。これは見習わなくっちゃ、と思いました。
 あと地下鉄の降りる駅でドアが開くのを待っていたら、後ろから年配の男性が何か言いながら荒々しくドアを”手動で”開けてさっさと先に降りて行きました。あれは絶対に「この田舎者め!」という口調でしたね。これにはカミさんと2人で笑ってしまいました。

 ところでパリと言えばエッフェル塔(Eiffel Tower)。「鋼鉄の貴婦人」とも言われるこの塔は、フランス革命100周年を記念した1889年のパリ万博のために建造され、現在でこそパリに無くてはならない観光名所ですが、計画段階から完成当初においては、あんな鋼鉄剥き出しの無骨な塔はパリの美観を破壊する、と猛烈な反対運動が起こったそうです。小説家のモーパッサン(Maupassant)は反対運動の急先鋒でしたが、塔の完成後は毎日のように塔に通います。「ここだけがパリで唯一、あの醜い塔を見なくて済む場所だからね。」
 確かにエッフェル塔はパリのいろんな場所から見えました。完成当初はたぶん多くのパリっ子にとっては違和感があったでしょうが、やっと最近では「そこに最初から在る物」として認知されているようです。東京の市ヶ谷の自衛隊の通信塔もそのうちそうなるのでしょうか?

 これはエッフェル塔の展望台に上るエレベーターです
。塔の脚に沿って斜めに登っていくのです。鋼鉄の貴婦人の美脚の内部ですよ。なかなかイロっぽいでしょ?(何を言ってるんだか…。)

 そしてこれがモーパッサンの愛した「醜い塔が見えないパリの街並み」です。パリの空の下を流れるセーヌ川(the Seine)、やはり世界の花の都を自認するだけあって、どことなく洗練されて落ちついてますよね。実は旅行出発前は、私もカミさんもあまりパリには興味がなくて、できればパリが入らないツアーを探したのですが、前記のような次第でパリを通らなければ日本に帰れなかったのです。しかしセーヌ川の流れは十分に見応えのあるもので、最近の国際社会でのフランスの存在感を支えているフランス人のプライドの源流は、この川なのではないかとさえ思っています。
              帰らなくっちゃ