ロマンスカー

 新宿駅の小田急線ホームに停まっているのは、2013年現在、60000形MSE車(Multi Super Express)と共に、小田急で最新のロマンスカー50000形VSE車(Vault Super Express)です。“ドーム天井の特急”という意味でしょうか。小田急のロマンスカーの車両形式には登場年代を遡っていくと、他にもEXE車(Excellent Express:卓越した特急)、HiSE車(High Super Express:高級な特急)、RSE車(Resort Super Express:リゾート特急)、LSE車(Luxury Super Express:贅沢な特急)、NSE車(New Super Express:新しい特急)などの呼び名の変遷がありますが、小田急のロマンスカーというイメージが定着したのは、まだ私が小学生だった1957年に営業運転が始まったSE車(Super Express:ただの特急の意味)が最初でしょう。

 小田急線とは小田原急行鉄道あるいは小田原急行電鉄の略で、文字どおり東京新宿から小田原・箱根方面の鉄道輸送を行なっていますが、ロマンスカーという呼称は何と戦前からあったらしいです。また戦後間もなく2人掛けのロマンスシートを採用した特急車両を走らせたことが小田急ロマンスカーの語源になったとも言います。
 いずれにしても、例えば東武鉄道などにもロマンスカーというのは存在しますが、小田急の場合はロマンスカー・イコール・特急列車を指す固有名詞なのであって、他の私鉄のように特急列車がたまたまロマンスシートを採用しているだけのものとはわけが違います。ただRomance Carは和製英語で、欧米人には理解不能みたいですが…。

 まあ、少なくとも私にとってはSE車の登場は衝撃的な出来事でした。電車とは四角い箱のような形の車両が連結した乗り物というイメージしかなかったのに、斬新な流線型の先頭車に続くエンジ色とグレイのツートンカラーの車両は、まるで絵本や乗り物図鑑で見る外国の鉄道のように魅力的だった、1957年といいますから、私が小学校へ上がる1年前、まだ国鉄(現在のJR)にもモダンな形の電車特急などありませんでしたから、幼い男の子にとっては“オダキューのロマンスカー”は憧れの的だった。
 私は今でも鉄道が好きですが(鉄道オタクを名乗るほどではないが)、もしかしたら小田急のSE車のせいかも知れません(笑)。

 小田急に限らず、ロマンスカーと呼ばれる電車の座席は基本的に進行方向に向かって2人掛けです。恋人同士が仲良く並んで腰掛けて旅をする…という意味で
ロマンスカーなんでしょうが、先ほども書いたとおり、これは和製英語です。
 あの頃の電車は通勤・通学用の車両ばかり、通勤・通学用といえばこの写真のように、横向きの長椅子(ベンチ)のようなシートで、座席の前の天井には吊り革がぶら下がっており、車両の中央部はやや広い床になっている。

 この写真は大宮の鉄道博物館に展示されている昭和30年代の通勤電車の車両ですが、こういう座席配置だとかなり大勢の乗客を乗せることができます。
 もちろん通勤電車の座席配置に関しては現在でも同じですが、昭和30年前後は、遠距離の乗客は蒸気機関車や電気機関車が牽引する客車で運び、都会や郊外の近距離の乗客は通勤電車が運ぶというパターンが根強く定着していて、電車の出番は今よりも少なかった、しかし長距離専用の小田急ロマンスカーはそういう固定観念をみごとに打ち破ったのでした。長距離を走る国鉄初の電車特急「こだま」が登場したのは小田急に遅れること1年、1958年秋のことです。

 小田急ロマンスカーの愛称は、現在では「はこね」「さがみ」「えのしま」「あさぎり」に限定されているようですが、最初の頃はいろいろありました。私が小学校の夏休みに初めて家族で乗ったのが「おとめ号」、なかなか優雅な名前じゃないですか。
 富士山の見える景勝地、乙女峠からとった名称でしょうが、私はこの名前が好きで、子供のくせに小田急のロマンスカーと言えば「おとめ号」、「おとめ号」と言えば小田急ロマンスカー…と固定観念で覚え込んでしまっておりました。マセガキだったんでしょうか?また「おとめ号」を復活させてくれないかしら(笑)。

 マセガキついでにちょっと思い出したこと、最初の頃の小田急ロマンスカーは走行中ずっと、
カラ〜ンコロ〜ンと鈴の音のようなオルゴールを鳴らしていたものです。だから小田急線沿線にいてこのオルゴール音が遠くから聞こえてくると、「アッ、ロマンスカーが来る」と子供の目は線路の方に釘付けになりました。
 ところがいつの頃からか、このオルゴールが廃止されてしまった。沿線住民から騒音の苦情が出たからだという話も聞いたことがあります。恋人同士が仲良くロマンスシートに腰掛けて、電車が“発情”しながら走るイメージでもあったのでしょうか。春の宵のネコの鳴き声じゃあるまいし、のべつまくなしにロマンスカーが走り回っているんじゃないのだから、日中の列車くらいはカラ〜ンコロ〜ンと鳴きながら走ったって良いと思うんですけど…。

       帰らなくっちゃ