高輪 泉岳寺


 ここは東京高輪の泉岳寺、言わずと知れた赤穂四十七士の墓所です。鉄道唱歌の2番にも、汽笛一声新橋を出発した汽車が最初に通過する名所として、次のように歌われています。
  
右は高輪泉岳寺 四十七士の墓どころ
  雪は消えても消えのこる 名は千載の後までも


 この本堂を左手の方へ入って行くと、松の廊下の刃傷事件で切腹となった赤穂藩主浅野内匠頭長矩の墓の隣に、吉良邸に討ち入って吉良上野介の首級を挙げた大石内蔵助以下47人の赤穂義士の墓も並んでいます。まあ、新撰組と並んで、江戸時代の最大のヒーローたちと言っても良いでしょう。


 この元禄赤穂事件に題材を取った忠臣蔵を全然知らない日本人はいないでしょうし、またこの物語ほど日本人を熱狂させたものは無かったと思います。勅使接待役を仰せつかった浅野内匠頭が指南役の吉良上野介にさんざん意地悪や嫌がらせを受けた挙げ句に「田舎侍」「鮒侍」の罵詈雑言の数々、まあ今で言うイジメですね、ついに堪忍袋の緒が切れた浅野は江戸城の松の廊下で刀を抜いて吉良に切りかかる、幸いにして吉良は怪我で済んだが、城内で刃傷に及んだ浅野内匠頭は切腹の上お家断絶、赤穂の家臣も散り散りになるが、一方の吉良にはお咎めなし。喧嘩両成敗が原則だったから、そりゃあんまりだと言うので、大石内蔵助以下47人は浪士となって主君の仇討ちを誓い、ついに元禄15年12月14日の雪の晩、吉良邸への討ち入りを果たして本懐を遂げ、その後は幕命に従って潔く切腹するという物語です。

 元は歌舞伎や人形浄瑠璃の『仮名手本忠臣蔵』という演目でした。最近でも映画やテレビ番組として取り上げられることの多い忠臣蔵ですが、何がそこまで日本人を魅了するのでしょうか。主君への忠義、仇討ちまでの隠忍自重を伴う大変な苦労、それを克服した信念の強さ、そして本懐を遂げた後の潔さ、そういったさまざまな要素が日本人に受けるのでしょう。

 ただ吉良憎しの敵討ちストーリーではありません。吉良憎しだけで何百年もの間、日本の庶民を熱狂させることは不可能です。もしそんな軽佻なものだとすれば、現代日本においても最近の世情を題材にした似たようなストーリーがテレビドラマなどになるはずです。
 学校で激しいイジメに会って生徒が自殺する、ところが学校の校長や教師は世間体にこだわってイジメは無かったとして事件を隠蔽してしまう、自殺した子の弟(または妹)が兄(または姉)の無念を想って復讐を誓い、陰険なイジメグループを片っ端から殺していく。こんなテレビドラマが制作されたら果たして視聴率が取れるでしょうか。
 日本人はこういう単なる復讐劇はあまり好きではないのですね。その証拠に、例えばフランスの文豪アレクサンドル・デュマの名作『モンテ・クリスト伯(日本での別名 巌窟王)』の全編のストーリーに熱狂する日本人はそれほど多くないと思います。これは友人たちの裏切りで無実の罪を着せられた青年ダンテスが艱難辛苦の果てにシャトーディフの地下牢を脱出、牢獄内で知り合った老人の遺言によって手に入れた莫大な財宝を元に、自分を陥れた友人たちに対して一人一人残酷な復讐を果たして行くのですが、その復讐劇はかなり執拗です。最大にして最後の敵に対しては寛容の心を取り戻しますが、やはり多くの日本人の性には合わないところがありそうです。私が読んだ日本の少年少女向けの『巌窟王』では、友人の裏切りの後、地下牢からの脱出を冒険活劇風に描いておいて、最後に再び友人たちの前に姿を現し、「ああ、ゴメンナサイ、俺が悪かった!」と友人たちが悔い改めるところで終わっています。

 日本人は過度な復讐劇を好まず、どんな悪い奴でも最後は改心させて許してやるという物語の方が好きではないかと思いますが、忠臣蔵は最後の最後まで敵を追い詰め、炭倉に隠れていた無抵抗の老人を大勢で取り囲み、生命乞いをする丸腰の老人から切り落とした首を槍の先にぶら下げて江戸市中を凱旋するのです。これほど残酷な復讐の結末はありません。
 史実がそうだったから、それほどの目に会わされる吉良は物語の中では実際以上に悪逆非道な人物に描いておく必要もあったと思いますが、あの物語もそういう意味では後世かなりの脚色があることは指摘されています。

 私はもともと忠臣蔵の物語そのものには興味はありませんでした。むしろ大石内蔵助は本当は仇討ちなどしたくなかったが事の成り行きでリーダーになってしまったとか(これは確かビートたけしが内蔵助を演じていた)、浪士の中には主君への忠義の心を仇討ちで示すことによって新たな仕官の道が開けると思っていた者もいるのではないかとか(これは確か堺屋太一さんの『峠の群像』)、そういう物の見方の方が実際に近いんじゃないかと思っています。
 こう書くと忠臣蔵の熱心なファンの方々からお叱りを受けそうですが、では物語としての忠臣蔵の何がそんなに素晴らしいのかと言えば、主君への
忠義、仇討ちの信念と計画と準備、事後の潔さなどが挙げられます。しかしこれらは日本人の美徳でしょうか?むしろ日本人に無いものではないでしょうか?

 現代の日本人に限らず、江戸の町民たちだって同じだったはずです。江戸の町民から見れば、浅野も大石も吉良もみんな武士階級、自分たちには関係ない。窮屈な身分関係に縛られて大変だね〜と思っていた人たちが、実際に武士の面目にかけて生命のやり取りを決行した、こんな面白い見世物はなかったはずです。それに忠義だ、潔さだと奇麗事のオマケがついた、これはもう観衆として熱狂したに違いありません。
 自分たちには関係ないということが大事です。もし自分の住んでる長屋の親切な大家さんが強盗に殺されたら、多くの江戸町民の店子たちは自分の生命にかけて日頃の恩に報いようとしたでしょうか?よく江戸の人情と言いますが、人情、人情と言わなければいけないほど薄情だったとも言えるわけです。町民たちは自分たちが決死の仇討ちの後で潔く果てねばならない状況に立ち至ることは絶対にないと安心していたからこそ、武士階級の仇討ちを他人事として楽しんでいられたのではないでしょうか。
 同じようなことは現代の日本でも、例えば人の命がからむ大事件や大事故のマスコミ報道にも見られますし、オナミダ頂戴の特攻隊物語も、結局は自分では国のために尽くす気もない読者たちが他人事として感動しているだけではないのかなと心配になります。

             帰らなくっちゃ