下山遺跡

 下山遺跡と言われてすぐにピンとくるのは、専門家を除けば郷土史に詳しい東京の世田谷区民の方々だけかも知れません。東名高速道路の起点となる世田谷区用賀インターチェンジの南側の閑静な住宅街を歩いて行くと、突然日産厚生会 玉川病院という大きな病院が出現します。

 普通東京都内の大きな病院は幹線道路や鉄道に面していることが多いので、こんな住宅街に病院があるだけでも驚いてしまうのに、何とその病院の敷地内には遺跡があるというので二度びっくりしてしまいます。それが下山遺跡です。

 石畳の小径の正面にバスが停まっている所が病院の正面玄関ですが、この小径が横切っているあたりがどうやら遺跡らしい。発掘調査の結果、ここからは縄文以前の先土器時代の石器から、縄文・弥生を越えてさらに時代を下った古墳時代の陶質土器までが出土したそうです。世田谷区の多摩川水系の水辺は生活の便も良かったのでしょう、世田谷区にはこの下山遺跡の他にも多数の遺跡が存在しますが、今も昔もこのあたりは“高級住宅地”だったわけですね(笑)。

 我々が普段何も意識することなく生活している空間に、何百年、何千年も昔からやはり普段何も意識することなく生活していたご先祖様がいた、こういう同じ時空を共有するご先祖様に想いを馳せることも時には必要かなと思います。そして何百年、何千年も未来の子孫たちも、もしかしたら時には同じように21世紀に生きていたご先祖様を思ってくれるかも知れません。私は何か不思議な気持ちになります。

 かつてこの同じ地球の座標軸の中をいろいろな人たちが通り過ぎていった、それが歴史なんだろうと思います。慢性的な空腹にもめげず猪や鹿を追い求めていた石器時代の人々、物々交換で手に入れた穀物を土器で調理していた人々、血まみれの槍や刀をかざして鬨の声を上げながら駆けていった戦国時代の人々、洒落た格好でちょっと気取って歩く江戸時代の人々、空襲に怯えながら明日の生命も知れなかった戦時中の人々…、人と車が行き交う都会の雑踏や電車の駅のホームにあっても、私は時々そんなご先祖様たちの生き様を想像してみると、何だか昔の人の息吹をふと身近に感じるような…。

         帰らなくっちゃ