東京観光 一押しコース:隅田川水上バス

 今年の夏の暑さもようやくやわらいできたある日、隅田川の水上バスに乗ってみました。実はこの水上バスの旅は私の秘蔵スポットで、外国からのお客様や地方から上京された方をお連れすると、必ずと言ってよいくらい喜んで貰えるコースです。私の一押し(一推し?)の東京観光名所と言ってよいでしょう。船に弱い人には不向きですが…。
 今回は、長年東京に住んでいても知らない人が多いこの観光コースをご案内します。

 私がよく利用するのは、先ず浅草の観音様をお参りしてから、すぐ近くの吾妻橋のたもとの船着場で水上バスに乗り込んで隅田川を下るコースです。バスというくらいですから、別に特別な予約など必要でなく、チケットを買って船を待っていればすべてOK。
 吾妻橋を出発した船は駒形橋、厩橋、蔵前橋の下を通って、JP総武本線の鉄橋をくぐり、国技館の隣の両国橋もくぐり抜けます。普段は陸上からしか見ることのない東京下町の風景を川面から眺めるのもまた趣があるものです。隅田川はこの辺で神田川とも合流します。
 さらに首都高速道路の下を抜け、新大橋、清洲橋、隅田川大橋、永代橋とくぐり抜けて隅田川が運河と大きく二手に分かれるあたり、超高層マンションが幾棟も建ち並び、まるで夢のような近代都市の光景が広がります(写真上)。関東大震災や東京下町空襲の時には無数の焼死体や水死体が川の水面を覆いつくす惨状を呈したという隅田川一帯も、今ではそんな面影はどこにもありません。

 この運河の左岸に私がかつて憧れた東京商船大学があり、さらに運河と別れて中央大橋を越えた次の佃大橋のたもとには、私が研修終了後初めて勤務した都立築地産院(現在は廃止)がありました。隅田川は私の青春の思い出の川でもあるわけですね。
 築地産院の5階の医局の窓からは隅田川を上り下りする水上バスがよく見えました。皆で水上バスに乗って手を振ってみたいねということで、ある土曜日の午後、産科・小児科の先生方と打ち揃って下流から川を遡る水上バスに乗り込み、築地産院の前で当直の先生方に手を振ったことも今では懐かしい。その時は浅草で船を降りて宴会となりました。

 佃大橋の次が有名な勝鬨橋。昭和15年に予定されていた東京国際博覧会に合わせて完成したものの、博覧会自体は日中戦争のために中止となりました。何で勝鬨(かちどき)橋と呼ぶかというと、大型船が通過する時に橋が真ん中で割れて両側に跳ね上がるからです。戦国武士が「エイエイオー!」と勝鬨を上げる時は片手だけですが、近代の日本の兵隊が敵を蹴散らして「バンザイ、バンザイ!」と勝鬨を上げる時に両手を振り上げる姿に似ていたからでしょう。
 勝鬨橋が昔は左右に跳ね上がったことを知らない人も増えてきました。もっとも私もその光景を見たことはありません。最後に跳ね上がったのは昭和45年だそうです。しかし水上バスが勝鬨橋の下を通過する時に上を見上げると、今でも橋の継ぎ目の隙間を見ることができます。

 ところで隅田川に掛かるずいぶんたくさんの橋をくぐって来ましたが、それらの橋の名前を覚えていますか。隅田川の橋の名前を覚える数え歌があったような気がして、いろいろネットを探してみたんですが見つかりませんでした。ただ昭和48年の『アルパインガイド 東京・横浜』(山と渓谷社)にちょっと気の利いた隅田川橋づくしが載っていたので引用しておきます。

 
白髭しごいてお爺さん(白髭橋)
 ちょっと一言問いたいが(言問橋)
 実は今朝からわが妻に(吾妻橋)
 家出をされてこまったな(駒形橋)
 うまい手立てはなかろうか(厩橋)
 お先まっくら参ったね(蔵前橋)
 一両おくった実家では(両国橋)
 信用はしてくれるけど(新大橋)
 寄与するところは少なくて(清洲橋)
 今後は永代みつからず(永代橋)
 命尽きたらと心配で(佃大橋)
 動悸はしがちドキドキと(勝鬨橋)


 当時は隅田川にかかる橋は鉄道橋を除いて12個、まだ隅田川大橋や中央大橋はありませんでした。あと水上バスは吾妻橋から出て下流へと向かいますから、白髭橋と言問橋は通りません。
 言問橋と言えば、平安時代の有名なプレイボーイ在原業平が詠んだという歌が偲ばれます。

 
名にしおはば いざ言問わむ都鳥 わが思ふ人はありやなしやと

 さて勝鬨橋を抜けると、前方に東京湾をまたぐレインボーブリッジが見えてきます(写真下)。このまま東京港日の出桟橋まで乗って、そこからさらにお台場方面へと足を伸ばすのも楽しいですが、浜離宮恩賜庭園で船を降りて、臨海副都心近くとは思えない緑の中でしばし憩った後、近くの築地市場の中にある寿司屋で食事というのが至福の小旅行にふさわしいと思います。

 浜離宮恩賜庭園は、江戸時代に甲府藩の下屋敷庭園として作られ、その後将軍家の別邸、宮内省管轄の浜離宮などを経て、現在では東京都の管轄になりました。東京湾の海水を引き込んだ池を中心に、茶屋やボタンなどの花園が配置された見事な庭園です。
 また私事で恐縮ですが、ここは私が生まれて初めて女の子とデートした場所でもありました。あの時は水上バスなんか知らなかったし、築地の寿司屋も知らなかったけど、知ってたら私の人生も変わったかしら。そういう時期の思い出って何か甘酸っぱいものがありますね。

            帰らなくっちゃ