高圧送電線

 都会にいても田舎にいても、必ず風物に溶け込んで眼に飛び込んでくるもの、それでいて普段はなかなか私たちの意識には上がってこない物体、それが電力を送る送電線の鉄塔です。最近ではテロ対策の一環として全国送電網に関する資料は一般公開しないようになっているとのことですが、これだけの構造物をテロリストの目から隠すのは絶対無理ムリ…(笑)。

 高圧送電線の鉄塔は住宅地でも、農村地帯でも、海岸や山の中でも、全国到るところで見ることができます…というより、これを見ずに済む場所の方が少ないのではないでしょうか。空が比較的開けた場所に立って四方を遠くまで見渡した時に、送電鉄塔が1本も見えないということはまずありませんね。新幹線などの列車が平地を走る時などに注意していると、『一目千本』と言っても良いくらいたくさんの鉄塔が林立している場所もあります。

 しかも高圧送電用の鉄塔は1本1本がドッシリした存在感を持っていて、威圧的ですらありますね。飛行機やヘリコプターが衝突しないように航空法に従って
に塗り分けられた高さ60メートル以上の鉄塔もある。これはちょっとした展望台ですよ。そういう遊覧施設を作ってくれたら登ってみたくなる。

 鉄塔のデザインもけっこうそれぞれに個性がありますし、しかもこれらは1本では役に立たず、必ず何本〜何十本もの塔が10本近くの送電線を吊り下げて視界の彼方まで延々と列をなして続いていますが、これだけ存在感のある構造物を私たちはほとんど意識することなく暮らしているのは、本当は驚くべきことだと思います。

 試しにふと思い立った時に、自分が今この瞬間に網膜に映している景色の構成要素を一つ一つ数え上げてみたらいかがでしょうか。山、橋、ビル、学校帰りの児童、自動車、店舗、畑、木立…、そうやって数えていくうちに、遠くの方に送電鉄塔が立っていたことに突然気付くのではないでしょうか。最初のうちは鉄塔は視界の意識から見事なまでに消し去られているのですね。

 だからテレビや映画の時代劇制作者たちも時々泣かされることがあるようです。中には意地悪な視聴者もいて、あの有名な人気時代劇シリーズの録画画面も隅々までチェックして、物語の時代にあってはならない“物体”を探すのだそうです。飛行機雲と送電線の鉄塔が多かったようですね(笑)。当然何人もの撮影スタッフが事前に鵜の目鷹の目で念入りに景色をチェックしたに決まってますが、それでも気付かないものなのでしょう。しかし確かに飛行機雲も……ね(笑)。

 地中に埋設されたものを除くと、こうして空中に架けられた高圧送電線の長さは東京電力だけて総延長15,000キロ近く、約5万本もの鉄塔に支えられて地域に張り巡らされているそうです。まるで人体の動脈のようですね。酸素をたっぷり含んだ血液は心臓から大動脈へ送り出された後、いくつもの動脈に分岐しながら全身の隅々まで送り届けられ、さらに無数の毛細血管となってすべての細胞の活動に必要な酸素を運搬していきます。電力も送電線で各地域へ送り届けられた後は変電所を経て、毛細血管に相当する普通の電線(配電線)を通って各家庭や職場にエネルギーを供給しますが、この大事な電力供給ルートの巨大な構造物さえも、私たちは日常目にしながらも無意識の奥底に押しやって完全に忘れ去っていられる、そういう社会はある意味で幸福なのでしょう。しかし電力だけではない、ガス、水道、情報、物資などのライフラインの重要性にも、時には目を向けて感謝することが大切かと思います。

 あともちろん自分の身体の隅々まで血液を送り届けて生命を支えてくれている心臓や血管の働きにも時々は思いを馳せてあげて下さい。


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