帰りたい、帰れない…

 2010年4月14日にアイスランド南部のエイヤフィヤトラヨークトル氷河という舌を噛みそうな場所で火山の大噴火が始まり、ヨーロッパ各国を巡る航空網が未曾有の大混乱に陥りました。インターネットで配信される噴火の映像などを見ると、膨大な量の噴煙が物凄い勢いで大気を切り裂いていきます。
 この火山灰を飛行機のエンジンが吸い込むと、飛行中にエンストして危険なため、ヨーロッパの空港は旅客機の発着できない状態が続いています。1週間ほど経ってやっと復旧しつつあるようですが…。

 飛行機が飛ばなければ、現代の旅客の大部分は異国に足止めされてしまいます。列車や船だけを使って外国へ出かける人など、よっぽどのヒマ人か一握りの大富豪だけでしょう。
 今回の噴火で多くの方々が旅行の途中で足止めされ、ヨーロッパから日本へ帰れない人、日本からヨーロッパへ帰れない人、ずいぶん心細い思いをされたんではないでしょうか。仕事や止むを得ない用事で外国に出かけたところを災難に遭われた方々は本当に気の毒ですが、観光旅行の途中で帰れなくなった人たちにとっては、ある意味で自業自得と諦めて頂く必要があります。

 考えてみれば、最近は海外の観光旅行など無事に行って帰って当たり前、と誰もが非常に安易に考え過ぎています。しかし旅行とは本来そんなに安全確実なものではありませんでした。松尾芭蕉は『おくのほそ道』の冒頭、
古人も多く旅に死せるあり、と書き記していますし、芭蕉自身も大阪の旅の途中で、
 
旅に病んで 夢は枯野をかけ廻る
の句を残して異郷で生涯を終えています。

 私なども旅行が好きでよく出かけましたが、芭蕉の時代ほどではないにしても、また無事に再び我が家に帰って来れない可能性を常に頭の中で考えていました。ヨーロッパ新婚旅行で成田空港に向かうリムジンバスの中でさえ、これが東京の見納めになる可能性もあるな、と漠然と考えていましたし、私よりよく飛行機に乗るカミさんもそれなりの覚悟で乗っていると言っていたこともありました。
 私もカミさんも海外に行くときは、言葉も通じないし、水も合わない異郷の地で1週間や2週間、足止めを食わされる可能性などあって当然という覚悟はいつも出来ています。大体、旅行の約款を読めば、天災や戦争などによる予定の変更や遅延に関しては、旅行会社は責任を負わないと明記してあり、まさか、現代の社会で天災や戦争に遭遇する可能性がゼロと楽観できる人がいることが信じられない!

 その覚悟が現実のものとなったのが、このサイトでも何度か書いていますが、例の2001年9月11日のニューヨーク同時多発テロの時、あの時、私はトルコ旅行中でした。カミさんの演奏旅行にくっついて行っただけですから、まったくの自己責任の海外物見遊山です。
 しかもカミさんの楽団はツアーコンダクターと共にトルコからイタリアへ移動する日程で、カミさんたちと別れた半日後の出来事でした。普段なら気楽な独り旅の始まりでしたが、あの時ばかりは集団と一緒でなかったことが悔やまれました。
 アンカラの大学には仲の良い先生がいたので気分が紛れましたが、イスタンブールに着いてからの1週間は完全に一人ぼっち、本当に心細かったです。ただもうここで死んでも仕方がないと腹を括ってはいました。テロ直後は世界の航空路がすべて閉鎖されて、いつ日本に帰る飛行機が飛ぶか判らない状況でしたし、イタリアへ行ったカミさんたちもトルコを経由して帰国の予定でしたが、それとうまく落ち合えるかどうかも目処が立たなかった。ちょうど今回の噴火で足止めされた方々と同じ状況です。

 さらにあの時は、私がイスタンブールでブラブラしていた頃には世界の航空便も少しずつ復旧しつつありましたが、次にいつどこでテロが起こって再び空路が閉鎖されないとも限らない、場合によっては自分の頭上に飛行機が落ちてこないとも限らないし、ホテルのフロントで爆発が起きないとも限らない。恐かったですよ〜。

 上の写真はイスタンブールのアヤソフィアです。元々はキリスト教の大聖堂ですが、東ローマ帝国のコンスタンティノープルがオスマン帝国のマホメッド2世に占領されてトルコの物となってからは、ご覧のように4本の尖塔(ミナーレ、ミナレット)を付けられてイスラム教のモスクにされました。まあ、戦利品というところですね。
 アヤソフィアの近くには他にもたくさんのモスクやトプカプ宮殿など数多くの文化遺産が並んでおり、また私がいたのは晩夏の日差しの心地良い時期でした。しかしいくら旅先の覚悟は決めていたと言っても、やはり私の心の中は日本に帰れるかどうか、一抹の不安があったのでしょうね。アヤソフィアのドームの頂点から尖塔にかけて、何と飛行機雲を写し込んでしまっています。こんな物を写してしまっては風景写真としては台無しですが、あの時の私の心象風景なのかも知れません。(今だから笑)

             帰らなくっちゃ