打ち上げ花火大会

 昨日(2009年8月1日)、朝からちょっと天気が心配でしたが、板橋・戸田橋花火大会が無事に行なわれました。東京都と埼玉県の県境を流れる荒川を東北・上越新幹線と埼京線が並んで渡る戸田橋の西側の河川敷で毎年行なわれる、首都圏でも有数の花火大会です。
 実はこの荒川河川敷、私の勤務する大学からそんなに遠くないので屋上からも見えるだろうと、去年は大学の建物の屋上に上って見ていたのですが、打ち上げ花火の光が豆粒のようにポンポンと遠望できるだけでした。今年は実際に河川敷のど真ん中で見ることができましたが、やはり圧倒されるような凄い迫力でした。カラフルな光の玉がパーッと頭上に覆いかぶさるように開いたかと思うと、その約2秒後に腹にドンと響くような爆音が伝わってくる。花火が破裂する場所まで何メートルでしょうか?大学生の皆さんも考えて下さいね(笑)。

 本当は大気の温度だとか湿度などを考えると、花火は冬の方が美しいのだそうです。私もたぶんカミさんの音楽関係のイベントか何かで真冬の花火を見ましたが、凍えるような澄んだ冬の大気の中に冴え冴えとした青い光が広がった光景を忘れられません。あの鮮やかな青さは夏の花火には見られないように思います。
 しかし日本では打ち上げ花火は夏の風物詩です。やはり浴衣に団扇という軽装で、ビールでも飲みながら夜空に開く一瞬の花火を楽しむ、それが昔から日本人の感性に合っているのでしょうね。
 アメリカの独立記念日だとか、フランスの革命記念日だとか、あとオリンピックの開会式などでもかなり派手な打ち上げ花火のアトラクションがあります。私は外国の花火を見たことがないので何とも言えませんが、花火製造の技巧や打ち上げの演出はやはり日本が一番だという人が多いようです。

 あの花火は1発1発、花火職人の方々が前年の冬場あたりから丹精込めて火薬を調整して作るのだそうです。花火のデザイン計画などは夏が終わった頃から、すでに次の夏のためにスタートしているんではないでしょうか。その何ヶ月もの丹精がほんの一瞬の光芒と轟音のうちに消えていく、そういう刹那的な美しさに我々日本人はずっと惹かれてきたのかも知れません。桜の花見も似たところがありますね。
 こういう日本人の感性を極限まで追及した作家が三島由紀夫だったと思います。幼い頃は病弱だったという三島は、自分の肉体を究極まで鍛えに鍛え上げ、昭和45年11月25日、その頂点に達したところで市ヶ谷の自衛隊を占拠、隊員の決起を訴えて割腹自殺を遂げたのです。まさに花火のような人生でした。ショッキングな事件でしたが、当時の学生の左翼運動に反感を覚えていた私は三島由紀夫に傾倒しており、これで左へ傾き過ぎた世の中も元へ戻るかなどと思っていました。しかし結局は人々に一瞬のさまざまな感銘を与えただけの“花火”だったのでしょうか。人の人生は花火ではないのだから、もっと生きて後の日本のためにいろいろ書いて欲しかったです。


 話がとんでもない方向へ流れてしまいましたが、打ち上げ花火というといろいろな思い出があります。子供の頃は大人に連れられて行ったこともありますが、とにかく眠くて眠くて早く家に帰って寝たいと思った記憶しかありませんね(笑)。
 私が小児科医として3年間勤務した浜松市は、経済的には県庁所在地の静岡市よりも裕福で、毎年夏になると毎週市内の何ヶ所かで打ち上げ花火が上がっていました。高台の自宅から見下ろすと、手前で1ヶ所、その向こうで1ヶ所、さらにその先でもう1ヶ所と、一目で3ヶ所もの花火大会を同時に見たこともあります。
 また天竜川の上流に実家のある看護婦(師)さんが、毎年天竜市の花火大会の日に病棟の若い職員たちを招待してくれました。(私も若かった。)確か8月の真ん中の土曜の夜でしたが、この時期は台風に見舞われることが多く、私も1回しか見ることはできませんでした。しかしここの花火は天竜川の渓谷で打ち上げられるので、あの轟音が周囲の山々にこだまして何倍にも響くのです。耳を聾さんばかりの花火大会でした。
 東大病院に勤務した時は、病理部の検査技師の方の知り合いが隅田川沿いに住んでおられ、1回だけ両国花火大会に招待して頂いたことがあります。隅田川近くのマンションの屋上で眺めるわけですから、それはもう最高の特等席です。マンションの通路や階段には水を張ったバケツや消火器が並べられ、消防団員が警戒する中で花火大会が始まりました。家が焼けても花火は止めぬという江戸っ子の心意気でしょうか。本当に頭上で花火が炸裂し、光と轟音はほぼ同時!まだ火のついた熱い燃えがらが降ってきて、私も額に軽い火傷を負いました。これも凄い花火大会でした。
 また東大に留学していた中国人の先生の帰国間際に東京湾の花火大会に連れて行ってあげたこともありました。激しい夕立があって開催も危ぶまれたのですが、夕刻には雨も上がって東京湾に虹がかかり、その後から打ち上げが始まりました。まったく予期しなかった演出でした。
 私の自宅の近くの豊島園でも毎週土曜日には花火が打ち上げられていて、何度もカミさんと見に行きましたが、数年前から近隣住民からの苦情があるという理由で中止されてしまいました。私は本当は経済的な理由だと思っていますが…。

 とにかく夜空に打ち上げられる花火は一瞬のうちにはかなく消えてしまいますが、その刹那の光芒を一緒に見上げた人たちの思い出は、生きている限りいつまでも心の中に残っていくものなのでしょう。どうせ悠久の時間の流れの中では人間の人生なんて所詮は花火みたいなもの、その中にどれだけたくさんの良い人間関係を詰め込むことが出来るかは、花火職人が冬場を通して火薬を調整する丹精に通じるものがあるかも知れません。

            帰らなくっちゃ