旅の禁断症状

 どうも私はしばらく旅に出ないと禁断症状が出るみたいです。数年前もありました。何をやっていても鬱々(ウツウツ)として楽しめない、頭の芯がピーンと張り詰めたままいつも疲れているような気がする、何かしたいことがあるんだけど何をしたいんだか判らない…、うまく言葉では表現できないんですけど、とにかく頭脳と精神がいつもと違う、何か変調をきたしていることだけは自覚できる、そんな症状です。十分睡眠を取ってもお酒を飲んでも治りません。
 数年前に初めてこうなった時は、このまま自分がどうかなっちゃうんじゃないかと焦りました。しかしたまたま地方で学会があって旅に出ている間に、スーッとそういう症状が消えていくのが判りました。ああ、旅の禁断症状だったのか、納得が行ったのと同時に、あの芭蕉の『おくのほそ道』の最初の部分の文章が思い浮かびました。

予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず、海浜にさすらへ、去年の秋江上の破屋に蜘の古巣をはらひて、やゝ年も暮、春立る霞の空に、白川の関こえんと、そぞろ神の物につきて心をくるはせ、道祖神のまねきにあひて取もの手につかず、…(以下略)

まさにそぞろ神に憑かれて旅に憧れ、取るものも手につかない、芭蕉のあの文章は単なる修辞や誇張ではなかったのだなと合点が行きました。(奥の細道などの芭蕉の紀行文の日程は江戸時代の一般人にしては速すぎるなどの理由から、芭蕉は幕府の隠密ではなかったかなどという説もありますが、この際それはどうでもよろしい。)

 そう言えば私も去年の8月に学会で博多に行ってからもう1年近く東京を離れていません。今年の正月は江戸っ子らしく浅草に初詣に行きましたが、今年ももう1年の半分以上が過ぎてしまいました。この間に私が東京を離れたのは、数えてみると川崎に2回、小田原に2回、戸田公園に1回だけです。横浜や大宮へさえ行っていない、これは物心ついて以来、私の都内“逼塞”記録としては最長ではないでしょうか。
 道理で最近“そぞろ神”が心の中で暴れているわけだ。そういう次第ですので近々日帰りでもいいから海を見に行って参ります。

             また行きたいよ〜