浜松祭り

 私は昭和55年から3年間、浜松市に住んでいましたが、この街は御存知ヤマハやスズキなどの大企業が多く、静岡県の政治・文化の中心地は静岡市だけれど、経済の中心地は浜松である、というのが「浜松っ子」たちの自慢でした。確かに街の活気も静岡市よりも盛んで、毎年夏になると、毎週のように市内のあちこちで花火が打ち上げられていたものです。

 徳川家康が戦国時代を生き抜いた頃の居城も浜松市にありますが、浜松の家康に関してはあまりパッとした話はなくて、三方が原の戦いで甲斐の武田軍に敗れて逃げ帰る途中、腹が減って途中の茶店で餅をつまみ食いしたという「小豆餅」、この無銭飲食に怒った茶店の婆さんが家康を追いかけて代金を払わせたという「銭取」などという地名が、市の北の方には残っていました。でも茶店の婆さんはどうやって若い武将だった家康を捕まえたんでしょうね?小豆餅から銭取まで1キロ近くありましたから、この婆さん、今ならオリンピックに出られるかも…。

 だから浜松市の景気が良かったのは家康のお蔭ではなくて、やはりヤマハやスズキのお蔭なのです。この浜松市が一年で一番賑わうのが5月のゴールデンウイークの3連休に行なわれる浜松祭りです。
 桜の花も散ってお花見の季節が終わる頃になると、浜松の町は何となくウキウキして高揚した気分に包まれてきます。スーパーマーケットやデパートの売り場でも景気の良いラッパの軽快なメロディーが流されていますが、実はこれが旧日本陸軍の駈足行進のラッパです。道理で勇壮で景気が良いはずですが、これにさらに「ドン、ドン、ピッ、ピツ」と笛や太鼓の鳴り物が加わりますから、いやが上にも祭り気分は盛り上がってくるわけです。
 この頃になると、浜松市の各町内からも、同じ駈足行進のラッパを練習するトランペットの音が聞こえてくるようになり、スーパーやデパートばかりでなく、町全体が祭りに向かって一直線にヒートアップしていく雰囲気が毎年楽しみでした。

 祭りは5月3日の大凧上げから始まります。凧上げは市の南方、遠州灘に面した中田島砂丘で行なわれますが、これはもう例年大変な人出で賑わいます。御覧のような
大人の背丈をはるかに越える大凧を揚げて、この1年間に生まれた子供の誕生を祝うのですが、各町内ごとに凧の絵柄が異なっていて、またこれが楽しみでもあります。百数十の町内が参加して、それぞれ違う趣きの絵柄の凧を揚げるので、砂丘の空は5月の強い海風に乗って舞い上がった大凧で一面に埋め尽くされる感じです。
 私が住んでいた頃は、参加町内数は百もなかったように記憶していますが、最近では浜松市の近郊に広がった新しい町内も次々に参加して、さらに規模が大きくなったようですね。
 祭りの起源は、一説によると、数百年前の城主に長男が生まれたお祝いだとも言われますが、はっきりしたことは判りません。

 これらの大凧は粛々と揚げられているわけではなくて、各町内の名人を中心とした凧上げチームが凧を揚げている周囲では、やはり町内のハッピを着込んだ若い衆が徒党を組み、先ほど紹介した陸軍の駈足行進のラッパを吹き鳴らしながら練り歩くので、広い砂丘全体がまるで野球やサッカー試合の応援席のような熱気に包まれています。まあ、昔は町内会同士が衝突して喧嘩なんていうこともあったでしょうが…。

 ラッパ手もどこの町内も同じメロディーを吹き鳴らすので、やはり学生時代にブラスバンドなんかやってた人がいる町のは上手ですが、スカスカやっている可哀そうな町もあります。でもそういう町内は、他の若い衆たちが笛や太鼓や威勢の良い掛け声で景気付けして、絶対に他の町内などには気押されないぞ、という心意気が感じられて微笑ましいものでした。


 さらに祭りの最終日になると、いよいよ大凧の空中戦が始まります。手当たり次第に他の町内の凧に襲いかかって、綱と綱を絡ませて摩擦熱で相手の綱を焼き切って叩き落すのです。
 どの大凧にも、その年に生まれた子供の名前が書いてあり、それを叩き落とすというのですから穏やかではないですね。まあ、子供のうちに落とされておけば、将来はもう落ちずに済むということか…。
 砂丘の防風林には、次々と“撃墜”された大凧を拾いに行く若い衆の姿が、また面白いものでした。松の枝に引っ掛かってボロボロになった凧を回収して、たぶんその子供の家に返すのでしょうか。またそれが縁起物でもあるわけです。


 夜になると、祭りは場所を市内に移して、屋台の引き回しとなります。やはり町内ごとに趣向を凝らした屋台があって、女性や子供たちがお囃子なんかやっていて一見優雅に見えますが、この屋台の周囲には、また例の若い衆が陸軍のラッパを吹き鳴らしながら練り歩いているのです
。当時はあまり良いカメラを持っていなかったので、ボケた写真しか残っていませんが、雰囲気だけでも感じ取って下さい。

 こういうきらびやかな屋台の上で、お化粧した女性や子供たちがお囃子で
チントンシャンなんてやっている回りで、若い衆がドンドンピッピッと練り歩くアンバランスが面白かったですね。皆様も一度、5月の連休にはお出かけになってみてはいかがでしょうか。

               帰らなくっちゃ