縁日
縁日とは神仏の御縁の日、つまり神仏が降臨された日とか功徳や御利益の現れた日などを選んで、供養や祭礼を行なう日のことですが、私が子供の頃はもう、そういう縁日に神社仏閣の前に並ぶ露店や屋台のことを指すようになっていました。
「今日は縁日行こう。」
そんなふうにして大人たちに連れて行って貰う縁日は、子供心にはとても楽しみなものでした。露店の並ぶ境内や参道をそぞろ歩きするわけですから、あんまり寒くてはいけませんし、また露店や屋台の最大の“お客さん”である子供たちがいなければ意味がないので、普通縁日は夏休みにしか行なわれませんでした。
縁日は大体夏休みの7月下旬から9月上旬くらいまでの、毎月1と6とか、3と8の日とか決まっていました。3と8の日だとすると、毎月3日、8日、13日、18日、23日、28日が“縁日”、曜日と関係ないところが面白いです。
縁日のある日は朝から待ち遠しくて、まだ陽の高いうちから、まだかな、まだかな、と首を長くしながら待ち構えていたものです。ある時とうとう待ちきれなくなって、まだ4時前に神社に行ったけれど、まだパラパラしか露店が出ていなくて、ガッカリして出直したこともありました。
縁日に出ている露店や屋台には、焼きそばやタコ焼きやベッコウ飴などの食べ物や駄菓子もありましたが、我が家は厳しくてそういう食べ物は許してくれませんでした。今になって考えれば、あまり衛生管理された食品ばかり食べていると、却って消化管の免疫機能の発達が悪くなるものなのですが、ともかく子供の頃は友人たちが露店で買って食べている綿アメが無性に羨ましかった…。大人になって自分の裁量で買って食べたら、まあ、ただの砂糖なのですが(笑)、ああいう縁日の雰囲気の中でフワフワした不思議な食感の物を友人と一緒に食べる、本来ならそれだけで本当に夢の世界なのですが…。
あと縁日には普通の店やデパートには売っていないような楽しい物がいっぱいありました。手のひらに乗るくらいの風船に水を入れてゴムで吊るした水ヨーヨー、金魚すくい、ビー玉、それから何ヶ月か前の子供向け月刊誌の付録の“紙模型”(ペーパークラフトなどという洒落た名前は無かった)を売っている露店もありました。小学生のお小遣いでも買えるくらいの商品がいっぱいあって、嬉しさにあちこち目移りしました。
縁日は夏の夜だけのイベントで、50ワットくらいの裸電球の照明しか無かったけれど、とてもカラフルでした。現在では夏も冬も四六時中イルミネーションにデコレートされたファンタスティックなアミューズメントが目白押しなので(あえて外来語で言ってみました)、もう縁日などは廃れてしまったかと思っていましたが、この間の夏、学生さんに誘われて弘明寺というところの縁日に遊んでみました。昔に比べてずいぶん出店も少なくなったとのことでしたが、それでも子供の頃に胸をときめかせたのと同じ、まさに“縁日”でした。タイムスリップして懐かしい過去に行ったような気分でした。
子供心に戻ったついでに駄菓子を買って食べました。店の兄ちゃんとジャンケンして勝ったらもう1本オマケをくれるとのことでしたが(引き分けはダメ)、絶対に勝てません。他のお客さんが勝負しても誰も勝てない、露店の兄ちゃんはジャンケン無敵でした。
ジャンケンはパーを出すと勝率が高い、なぜならチョキは手の形が一番難しいので、ほとんどの人は無意識のうちにグーかパーを出すから、こっちはパーを出せば負ける確率は少なくなる。
しかしあの兄ちゃんのジャンケン必勝の極意はそんな単純なものではありません。たぶん最初に拳を握りしめてジャンケンを始めて、最後の勝負に出る一瞬前にこちらの手の筋肉の動きから何を出そうとしているかを瞬時に判断しているのでしょう。まさに名人芸です。今度“縁日”でジャンケン勝負するまでに、私も兄ちゃんたちの裏をかく必勝法を編み出してやるぞと、また子供心に燃えています(笑)。