寝台特急列車北斗星

 上野〜札幌間を結ぶブルートレイン「北斗星」。昭和63年に開通した青函トンネルを抜けて北海道と本州を結ぶ特急列車ということですが、私はかつての青函連絡船への愛惜の念が強かったので、なかなか利用する気になりませんでした。しかし先日、ちょっと出張(半分観光?)で札幌へ出かけた折に、やっとその気になって一度乗ってみたわけです。

 もう20年近くも経つのに相変わらずの人気で、寝台や個室は豪華な方から順番に売れていくのか、「ちょっと乗ってやるか」という軽いノリの私のような不心得者が直前に予約した時には、もうすでにB寝台(いわゆる“二等”寝台)の上段しか空きがありませんでした。
 私自身は若い頃にはB寝台で3連泊して旅をしたこともあるので、別に“二等”寝台でも苦になりませんが、今回この“豪華”列車に乗ってみて気になることがあったので、ブルートレインファンとして辛口のコメントを書いておきます。



 これが北斗星のB寝台です。上下2段になっていて(昔は上中下3段の客車も多かった)、下段の人はカーテンを引いて休んでいるところ。上段の人はどうやって寝るかと言えば、奥の窓際に折り畳み式の梯子が見えますが、あれに足を掛けて自分の寝台まで登るのです。揺れる列車の中で梯子を登り降りするのですから、寝ぼけていたり酔っ払っていたりするとかなり危険ですし、お年寄りや身体障害者の方は利用できません。
 表向きは超豪華夜行特急列車のイメージで宣伝して、目玉商品の豪華個室や寝台の方はさっさと完売しておきながら、残りはこういう旧国鉄時代と大して変わらない構造のB寝台客車を連結しているところに、JR社の営業姿勢への疑問を感じました。
 別にB寝台の連結がいけないのではありません。私も若い頃はさんざん国鉄〜新生JRのB寝台にお世話になって楽しい思い出もいっぱい作れました。むしろ最近の若い人たちが贅沢な個室やA寝台で旅行しているのを見ると、「20年早いわ」と思ったりします。
 問題は旧態依然たるB寝台の安全性です。では上段へ上がってみましょう。

 これは
私の寝台から隣の寝台上段を眺めたところです。

 寝台の縁には転落防止柵はなく、頭の側から約40cm間隔で2本のベルトが縦に張られているだけなのがお判りでしょう。確かに寝台に横になっていれば少しくらい寝返りを打っても、急ブレーキで身体が投げ出されても、この2本のベルトが受け止めて支えてくれます。
 しかし十数時間もずっと寝台で横になっている人はいません。ちょっと背中が痛くなったからと言って、枕側の仕切りを背もたれ代わりにして上体を起こしている人がいたとします。その時、急ブレーキで身体が投げ出されたら、あるいはついウトウトして上体が倒れたりしたら、その人はベルトの隙間から真っ逆さまに転落して、打ち所が悪ければ即死の恐れもあります。上の写真にマウスポインターを置いて下さい。ここに黄色い線で書き加えられたような転落防止柵が必要です。
 “豪華列車”のキャッチフレーズに惹かれて申し込んだものの、豪華個室や寝台が売り切れで仕方なくB寝台に乗ったらしい人たちも多数見受けました。いずれそういう人たちが転落事故を起こす可能性は高い、そうなったらせっかくのブルートレインの名前に傷がつきます。JR社の方々には早急な安全対策を望みます。

 なぜこんな事に目が向いたかと言うと、私の業界でも幾つかの病院で、病棟のベッドの転落防止柵の不具合が原因で、入院患者さんが亡くなってしまったという申し訳ないニュースが相次いだ記憶があるからです。ベッド(寝台)を利用する人のあらゆる動作を想定した安全対策が必要だという教訓がまったく活かされていません。
 病院は医師の指示で入院させるが、寝台列車は客が勝手に乗ってくるものだなどという理屈は通用しないはずです。B寝台上段に当たった客は、自己の責任で転落を防止しろというのでしょうか。あらゆる危険を予測できるほど旅慣れた乗客ばかりではありません。寝台券を売った会社の責任が問われるでしょう。

 そもそも戦後の国鉄には、終戦直後の食糧難の時代に田舎への買い出し列車という原点があります。あの時代のニュース映像などを見ると、客席に乗り切れない乗客たちがリュックサックを背負って汽車のデッキに鈴なりにぶら下がっていて、危険きわまりない。しかし汽車が動いてくれるだけでもありがたい、乗客たちは家族に食糧を持ち帰るために転落の危険も承知のうえでデッキにぶら下がったのでしょう。
 だから国鉄にはずっと長いこと、「お前らを運んでやる」という意識を感じました。その国鉄の二等寝台〜B寝台の発想が、JRの誇る超豪華列車にも残っているのを見て、ちょっとガッカリしました。JRファンとして一言…。



 ついでに一部の乗客の方々にも元小児科医として一言…。
 乗車中、赤ちゃんや乳児を連れた若夫婦の姿を何組も見ました。北海道や関東のご実家に用のある方ばかりとは思えません。首都圏から北海道へ(あるいはその逆)の観光旅行と思われますが、赤ちゃんを旅行に連れて行くことに関して、馴染みの小児科の先生に相談されなかったのでしょうか。
 今回の北斗星に限らず、ブルートレインに乗ると赤ちゃん連れの方をよく見かけますが、赤ちゃんには10時間以上の夜行列車の旅は無理です。大人の感覚では豪華な寝台列車で“ゆったり”行くのだから快適なはずだと考えてのことでしょうが、際限なく続く車輪の音、鉄橋やトンネルを通過する時の轟音、通り過ぎる踏切の警報機の音、車内アナウンスのスピーカー、これらは大人にとっては旅情をかき立ててくれますが、生まれて間もない赤ちゃんがこういう果てしない“騒音”を心地よく感じるとでも思っているのでしょうか。しかも赤ちゃんは大人とは睡眠リズムが違いますから、親御さんが乗車中ずっと“恐ろしい音”から守ってくれているわけではない。
 もし相談した小児科の先生がブルートレインなら大丈夫だよとおっしゃったとすれば、その先生は本当は小児科医ではないか、藪か、あまり列車旅行をされない先生です。あの轟音の中で10時間以上も赤ちゃんを安心させ続けるのは絶対無理です。どうしても赤ちゃん連れで列車旅行したければ、2〜3時間以内の距離で計画すべきです。私が朝方にお見かけした若夫婦は憔悴しきっておられました。おそらく怯えて泣き叫ぶ赤ちゃんの声と、周囲の個室や寝台の他の乗客への気兼ねでクタクタだったのではないでしょうか。

                帰らなくっちゃ