ようこそ、ランゲルハンス島へ


 皆さん、ようこそランゲルハンス島 (islets of Langerhans) へおいで下さいました。島と言っても地図帳には載っていません。膵臓の組織を顕微鏡で観察すると、この写真
のように見えます。ピンク色の細胞が詰まっている中に、やや白っぽい細胞20〜30個の集団が、まるで島のように浮かんで見えるでしょう。これが膵臓の島 (insula) です。

 こういう島は膵臓の中に約100万個散らばっていますが、膵臓全体の体積の1〜2%を占めるに過ぎません。膵臓の島はα細胞、β細胞、δ細胞と呼ばれる3種類の細胞の他に、あと幾種類かの少数の細胞から成りますが、これらのうちのβ細胞がインスリン (insulin) と呼ばれるホルモンを分泌していることは有名です。インスリンはバンティング(Banting FG)とベスト(Best CH)という人が1921年に発見しましたが、島 (insula) で産生される物質だからインスリン (insulin) と命名されたわけです。
 ですから英語の語源から考えると、人体の中で半島(ペニンシュラ)と同じ語源を持つ兄弟語は、意外にもペニスではなくて、インスリンなのです。これは覚えておいて損はしません。

 ところでインスリンの量が絶対的・相対的に不足すると糖尿病になることは、今や現代人の常識でもありますが、現代人がいとも簡単に糖尿病の脅威に屈してしまう原因は、人体の中で血糖値(血液中のブドウ糖量)を下げる物質がインスリン以外に無いという事実によるものです。何で神様は(あるいは生物進化を司った偶然は)人間の体に、血糖値を下げる装置をもっとたくさん作っておいてくれなかったのでしょうか?

 血糖(ブドウ糖)とは何か。それは血液中に含まれて全身を駆け巡っているエネルギー源で、自動車で言えばガソリン、国家や家庭の財政で言えば現金に相当するものです。つまり血糖が低下すれば、ガス欠の自動車や現金の無い国家や家庭のように動きが取れなくなるわけですが、人類はつい最近まで血糖値が上昇することを心配するような状況になかった。要するに誰も彼もが常に飢えていたわけです。それがきわめて短期間のうちに地球上のごく一部の先進国民に飽食の時代が訪れたために、人類の進化が高血糖(糖尿病)防止に追いつかなくなった。

 人体内で産生されるインスリン以外のホルモンは、どいつもこいつももっと血糖値を上げろ、こっちにもブドウ糖を回せ、という要求ばかりしていますが、インスリンだけは、いや、ちょっと待て、現在血液にあるブドウ糖は将来に備えて筋肉や肝臓に貯蔵しておくべきだ、と孤立無援で主張し続けているのです。ところが先進国の飽食の人々はいつでもブドウ糖が簡単に手に入るようになったので、インスリンの言う事に耳を貸さなくなりました。その結果どうなったか。ガソリンスタンドを通るたびに満タンの愛車にさらにガソリンを補給しているような状態で、ガソリンを詰めたポリタンクを屋根の上にまで積み込んで、エンジン以外のトランクにも座席にもジワ―ッとガソリンが染み出してきている。
 M社製の自動車が火を噴くどころの騒ぎではありません。こういう糖尿病の危険についてはさんざん警告がなされているのに、それでも余分な食物に手を出して健康を損ねていく。これこそ最近の日本人の大好きな自己責任というやつです。

 糖尿病の中には膵臓のランゲルハンス島がウイルスなどに壊されてしまってインスリンを出せなくなる、本当に気の毒な患者さんもいるのですが、世の中の大部分の糖尿病患者は自己管理が悪いために、食べ過ぎと運動不足の悪循環によってインスリンの効きが悪くなる、いわゆる生活習慣病=自己責任病としての糖尿病なのです。

 ここで少し縄文人の食生活に戻って、我々現代人がいかに食べ過ぎているかを実感してみることにしましょう。