トルコの肉料理

 世界三大料理は何だかご存知でしょうか?最も一般的には中華料理・フランス料理・トルコ料理の3つを指すことが多いようです。
 しかしこの中から1つだけ外して、代わりに三大料理に自国料理を入れる時に“犠牲”になるのは、大体世界中どこでもトルコ料理だそうです。例えば「中華料理・フランス料理・イタリア料理」とか「中華料理・フランス料理・日本料理」とか…。
 まあ、調理法や素材の豊富さの点で中華料理はダントツとして、フランス料理は見た目の繊細さで選ばれたとすれば(そうなら私はフランス料理を外して日本料理を入れたい)、トルコ料理はその素朴さで“三大料理”に入ってもよいと思います。

 トルコ料理の代表とも言えるのが、ケバブという焼肉料理です。もっともケバブ自体はトルコの専売特許ではなく、発音の微妙な違いはあっても中東地域周辺の肉料理一般を指すようですが、やはりケバブの本場はトルコと言われています。

 トルコの街を歩いていると目につくのが、御覧のような豪快な肉料理。羊肉と鶏肉を積み重ねて固めた大人の胴体くらいの巨大な肉塊を店頭に吊るして、それをゆっくりグルグル回転させながら一方向から電熱器でジワジワと焼いたものを、外側から順次削ぎ落とし、野菜と一緒にパンにはさんで客に渡してくれます。こんな店が何軒も並んでいる光景はちょっと壮観ですが、これがドネルケバブで、最近日本でも見られるようになりました。

 私がイスタンブールの街を独りでほっつき歩いていたのは2001年の9月、例のニューヨーク同時多発テロの直後で、世界中で次に何が起こるか判らないという緊迫した情勢でした。どんな事件に巻き込まれてもその時はその時、それが自分の運命なんだとハラをくくって、ブルーモスクだとかトプカプ宮殿だとか歩き回っていましたが、やっぱりちょっと心細かったですね。
 そんな時期でしたが、あちこち歩き疲れて空腹になってくると、街角から肉を炙り焼きにする香ばしい匂いがたまりません。ドネルケバブの店先でさっそく一人前を注文してテイクアウト、広場でかぶりついた時の旨さは格別でした。こんな旨い物を食ったらもうテロで殺されても仕方ないかと、マジで諦めがついたものです。

 次にこれがシシュケバブ(shishkebab)。肉を串焼きにした料理のことです。日本では“シシカバブ”という読み方もありますが、これはインドのケバブ料理の方が先に日本で知られていたために混乱が起こったものだそうです。

 実はこの“シシカバブ”、私はトルコへ旅行するずっと前から知っていました。北杜夫さんのユーモア小説「怪盗ジバコ」の中に、ジバコがイスタンブールのトプカプ宮殿の宝石を盗み出す話があります。仕事前の腹ごしらえをするのに手持ちの現金が無かったジバコが、街のシシカバブ屋のオヤジと賭けをするのですが、ジバコがオヤジに、シシカバブと10回続けて言えるかと早口言葉で挑みます。その賭けの結果、ジバコはまんまとシシカバブを1本せしめるのですが、そのやりとりが可笑しくて、高校時代からずっとその“シシカバブ”なる物を食べてみたいという憧れがあったのでした。

 最近もちょっと可笑しかったことは、私が専門にしている細胞診の英語の教科書にこのシシュケバブ(shishkebab)が出ているのです。カンジダ(candida)というカビに感染すると細胞が菌糸に貫かれて、まるで串焼きの肉のように見えるという比喩で使われているのですが、よく勉強する学生さんがshishkebabs(複数形)って何ですかとメールでマジメに訊いてきた時は思わず吹き出してしまいました。しかし一生懸命に細胞診を勉強していていきなり焼肉が出てきたら、誰でもびっくりしてしまいますよね。逆に言えば、医学関係の本にも比喩が出るくらい、欧米ではケバブ料理が広く普及しているということです。

               帰らなくちゃ