大和ミュージアム
2005年4月23日、広島県呉市の中央桟橋ターミナル・ビルに接して大和ミュージアムが開館したというので、さっそく出かけてみました。正式には呉市海事歴史科学館と言いますが、ここの最大の呼び物は戦艦大和の巨大な精密模型であり、そのため「大和ミュージアム」と愛称がついたと言うことです。
その縮尺1/10の戦艦大和の模型といったら、デカいのデカくないのって、軍艦ファンや艦船モデルマニアでなくても、入館した途端、度肝を抜かれること請け合いです↓。戦艦大和の実物は全長263メートルでしたから、この模型は26.3メートルもあるのです。普通の学校のプールにはとても入りきらない大きさですね。
しかも嬉しいのは、館内最大の目玉である1/10戦艦大和の模型を、他の営業や販売に使用しない限り、自由に撮影させてくれることです。普通の博物館なら「写真撮影お断り」と言われても当然なくらい立派でユニークな模型なのですが、基本的に撮影自由としてくれている理由は、おそらく次のようなものでしょう。
まず、これだけデカい模型の周囲に警備員を配置して、大勢の入場者たちの写真撮影を禁止するのは物理的に不可能なこと。
次に、どんな熟練したカメラマンでもこの大和の模型の真に迫った写真を撮るのはきわめて困難であることです。これだけの模型ならば、本来は青空の下に引き出して、ある程度の距離から全景を撮影したいところですが、模型の周囲には細部まで眺められるようにグルリと回廊が巡らしてあるので、全景を一望の下に、というわけには行きません。また仮に全景を撮れたとしても、周囲に人や物を一緒に並べておかないと、この模型の本当の大きさが伝わらず、ただの“よくできたプラモデル”と大して変わらない写真になってしまいます。
入場者に自由に撮影を許している裏には、立派な写真を撮れるものなら撮ってみろ、と言わんばかりの、模型製作者たちの自負と会心の笑みが隠されているようです。やはりこればかりは呉に行って本物を見なければ実感できない迫力でした。
(ただし図面や乗員の遺品など他の館内展示物は撮影禁止、また館内上映のビデオもコピー禁止ですが、これらは当然のマナーです。)
模型の全景は撮れないけれど、近くに寄って眺めると実艦に乗ったように錯覚するほどでした↑。甲板に海軍士官の人形が立っています。
ところで1/10の縮尺の模型はデカくて立派だけれど、実物の戦艦大和はせいぜいこの10倍の大きさか、と思った人はいませんか。たかが10倍、されど10倍。この10倍という数字がどれほどのものであるか、改めて実感できるものが大和ミュージアムにあります。
一つはミュージアムの庭の芝生が、戦艦大和の左舷前方1/4の実寸大に仕切られていて、ちょうど艦橋あたりから艦首を望む大きさを実感できました。かなりの大きさです。
またもう一つは館内の1/10大和の隣りに1/100大和の精密模型が展示してあります。これもなかなかの出来栄えですが、全長2メートル63センチの模型はガラスのケースに収められており、この大きさならば普通のオフィスビル程度のスペースがあれば壁際に飾っておけないこともないでしょう。ところがこの1/100模型の10倍の大きさが、1/10戦艦大和ということになります。10倍になっただけでミュージアムのフロアをまるまる占領してしまいますから、さらにその10倍もあった実物の大和の途方もない大きさも想像がつくというものです。
(この1/100大和は最初の頃は確か通りを隔てた「You me」というショッピング・センターの1階に展示してありました。)
大和ミュージアムには目玉の1/10精密模型の他にも、もっと縮尺の小さい連合艦隊の艦艇の模型や、造船関連の展示が充実していますが、必見は大和の海底探査の折に海底から引き上げられた遺品のコーナーです。1999年8月、テレビ朝日がフランスの潜水艇を使って水深350メートルに沈んでいる戦艦大和を探査しましたが、大和の船体は大爆発で分断されており、とても後世に宇宙戦艦として飛び立てるような状況ではありませんでした。この時に海底から引き上げられた大和の部品や乗員の靴や食器などが展示されています。
中でも私には日本酒の一升瓶とビール瓶が印象的でした。出撃前夜にこの酒を酌み交わした乗員の大部分が東シナ海に沈んだのです。今生の最後の宴を見ていたであろう一升瓶とビール瓶に胸が熱くなりました。吉田満氏の「戦艦大和の最期」には、出撃前夜の酒宴の様子が描かれており、一部を抜粋します。
出撃なり 斗酒をもなお辞すべきや
乗員三千 すべてみな戦友、一心同体なり
廊下にてニ等水兵に遭う 他分隊の兵なれば面識なし 微醺の故か、紅顔さらに輝きて可愛し
酩酊の身として能うかぎり激しき答礼を返し、行き過ぎんとするや、閃くものあり―我らの墓地、互いに遠からず むしろわれと君とは、一つのむくろなり
肩を抱えて、「お前」と呼びかけたき衝動湧くも、辛うじてこらう
一次室に戻り鯨飲を重ねつつあれば、艦長、副長と共に一升瓶を両手に提げて現わる これを囲んで五十名の中、少尉、放歌乱舞、とどまるところを知らず
見事なる艦長の禿頭を撫でさすり、果ては叩く者あり 副長、「スクラム」に揉まれて上衣を裂く
ふと二人を見失う やがてニ三○○(十一時)頃
副長自ら艦内スピーカーにより全艦に令達「今日ハ皆愉快ニヤッテ、大イニヨロシイ コレデ止メヨ」 異例の親愛なる語調なり
今生の最後の無礼講、乗員たちの心中はいかなるものだったでしょうか。戦後に生を享けた私たちの世代には到底想像もつきません。最近は再び大和や特攻隊のブームとなっていますが、想像のつかない当時の方々の心情を勝手に斟酌して美化してしまっては、却って取り返しのつかないことになります。
2005年12月公開予定の映画「男たちの大和(辺見じゅん氏原作)」の製作発表の席上、ある俳優さんが「愛するもの、信じるもののために生命を賭けられるか」というようなキャッチフレーズを口にしたと聞きましたが、特攻作戦をこういう風に美化する風潮は非常に危険だと思います。1分間ごとに数百万円もの借金が膨れ上がっていく平成日本の国家財政危機に直面して、規定額よりも少しでも余計に税金を収めようという崇高な気持ちになれない凡人には、少なくとも特攻隊を美化する資格などないのではないでしょうか?
大和ミュージアムには、戦艦大和の1/10模型の他にも、零戦や人間魚雷「回天」や特殊潜航艇「海龍」なども展示されていて、これも自由に撮影させてくれます。この零戦↓は62型と呼ばれる最終型の機体で、琵琶湖に沈んでいたものを引き上げた本物です。
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