海外のホテルにて
国際学会出席や観光旅行では大体ホテルに宿泊するが、ホテルというものは外観上はほぼどこの国でも同じように作られているものである。ベッドがあって、バス・トイレがあって、テレビがあって、テーブルの上には宿泊の約款や付近の観光案内図などが置いてある…。日本のホテルは丹前が置いてあって便利だが、外国では期待できない。
学会の時などはシングル・ルームに独りで泊まることが多いが、部屋での退屈を紛らわすために、その国のホテルならではの備品を見つけることにしている。約款や宿泊案内なども英語で書いてあると意味が判ってしまうが、スペイン語や中国語や韓国語やトルコ語やハンガリー語などで書いてある文章を判読するのは良い時間潰しになる。
中でも面白かったのは、香港のホテルにあった国際電話番号簿で世界中の国名がすべて中国語(つまり漢字)で標記してあったもの。これはノートに書き写してきた。
またソウルのホテルにはヘエッと驚くようなパンフレットがあった。韓国は現在も臨戦体制にあるとは聞いていたが、毎月1回防空演習があるので、外国からの観光客も市内で演習に遭遇したら、指揮の軍人の指示に従って行動して下さい、というような内容を、ハングル以外にも英語、中国語、日本語などで記載してあった。厳しい朝鮮半島情勢を身近に感じたが、帰国後、近所の韓国料理店の韓国人に言ったら、最近ではやらないことも多いですよ、との返事だった。
そういう備品を一通り眺めてしまうと、あとはやはりテレビを観るというのがお決まりのコースである。日本語放送が入るホテルなどはほとんど無いから、そういう時はやはり現地の放送を聞くのが楽しい。ニュース番組や天気予報や子供向け番組などは、それぞれの国の放送局が趣向を凝らして制作しており、言葉が判らなくてもなかなか興味深いものだ。
しかし一度だけ度肝を抜かれたのが、例の2001年9月11日の同時多発テロ…。私はあの日、トルコのアンカラにいたのだが、午後にホテルの部屋に帰って来てテレビのスイッチを入れたところ、高層ビルがまるで松明のように黒煙を上げて燃えているシーンが放映されていた。緊迫したトルコ語で時々「ニューヨーク」とか「ハイジャック」とか「テロリスト」とかいう単語が聞こえる。てっきりこれは特撮による大仕掛けなアクション映画だろうと思って、最初のうちは凄いシーンだと「喜んで鑑賞」していたのだが、いつまで経っても映画の舞台シーンが出て来ない、そのうち飽きてしまってチャンネルを回したところ、どこの局でも同じシーンを放送している。それでやっとこれは大変な事が起こったらしいと気付いた次第だった。
海外のテレビで映画を観るのも面白い。香港でハリウッドの西部劇を中国語吹替えでやっていたのは可笑しかった。と言われて「オイオイ」と思った人はどれくらいいらっしゃるだろうか?西部劇を中国語でやると可笑しい?では日本語でやると可笑しくない?日本のテレビで、ハリウッド映画を日本語吹替えで放送しているのを、アメリカ人が聞いたらやっぱり可笑しいと思うんじゃなかろうか?青い目で鼻の高い金髪の保安官が「オイ、手ヲ上ゲロ!」なんてね…。
この辺で海外旅行の話は終わりにすることにして、本来映画というものは、どんな物語で舞台がどこであろうとも、制作した国の言語で演じられるのが原則のようだ。特に戦争映画を観るとよく判るが、米英で作られた戦争映画では、ドイツ兵もソ連兵もフランス人レジスタンスも英語を喋る。「パリは燃えているか」のラストシーンで、電話の受話器の向こうでヒトラーが「Is
Paris burning?」と絶叫を繰り返していたし、「ジャンヌ・ダルク」では無学なフランスの少女が「Follow
me!」と叫びながら先頭に立ってイギリス軍に突っ込んでいった。「トラ・トラ・トラ」で日本の軍人が日本語を喋ったのはかなり数少ない例外の部類に入るであろう。
日本で作った日中の物語の映画では、日本人俳優がよく中国語に挑戦していて感心するが、それでも「敦煌」の漢人部隊は日本語を喋っていた。こういう言語の相対性も海外に旅行すると時々気になることがある。