東京ジャーミイ
私は毎週1回、新宿から小田急線に乗って出かけていますが、もう何年も前から、代々木上原駅を過ぎたあたりで右側の車窓に見えるエキゾチックな建造物が気になっていました。
私も2001年にはトルコを旅していましたから、この建物はイスラム教のモスクだなということはすぐに判りましたが、やっぱり本場のモスクに比べて何となく寸詰まりな印象は拭えません。丸屋根のドームの方は大変美しく、イスタンブールやアンカラあたりのモスクを思い出させるのですが、尖塔(ミナーレ、ミナレット)がかなりズングリしています。本場のモスクの尖塔はもっと槍のように細くて背の高いものが多かった。
たぶん日本の建築基準とか耐震基準なんかをクリアするためには、これが精一杯の限度なんでしょうね。
ここは東京ジャーミイといいますが、ジャーミイはトルコ語で大きなモスクのことです。一般人の見学も可能だそうですが、ここは東京近郊在住のイスラム教徒の人たちにとっては聖なる礼拝の場所ですから、大して用も無いのにいきなり中へ入ってチョロチョロするのも気が引けたので、今回は外観だけ写真を撮ってきました。
いかに東京都内にあろうと、私は宗教施設と軍事施設だけは、自分がそこに入ったらどういう風に見られる可能性があるかを考えるようにしています。
しかしこうやって見ると、ここが東京の街角とは思えません。キリスト教の教会は日本国内あちこちに見飽きるほどありますが、イスラム教のモスクはそんなに身近には見られません。別に我が国がイスラム教を禁じたわけではなく、むしろ1938年には対外的な思惑もあって、この代々木に東京回教学院として木造のモスクが建てられました。当時の世相を考えれば、アメリカやイギリスなどといったキリスト教国との対立が深まる中、イスラム教国を味方につけておこうという意図があったことは明白です。だがそのモスクは1986年に老朽化のため取り壊され、その後トルコ政府によって2000年に現在のモスクが新たに建造されました。
その翌年、例の不幸な同時多発テロが発生して、キリスト教とイスラム教の対立が先鋭化するのではないかと緊張が走りましたが、キリスト教徒でもない、イスラム教徒でもない、仏教徒でもない、それどころか土着の八百万の神々すら信じていない無神論の国民が多い日本では、この東京ジャーミイで騒動が起こったとは聞きませんでしたし、世界中でもむしろこの機会にキリスト教徒イスラム教が相互の理解を深めようという機運の方が高まったようです。
ところで私は宗教施設と軍事施設だけは立ち入りや写真撮影に気を使うと書きましたが、無神論で平和ボケの日本人は、この辺の神経が行き届かない人が多いようです。タイの王宮の仏教的な意味合いの強い場所には「写真撮影禁止」の貼り紙がしてあるのですが、そこの写真を御自分のサイトに堂々と公開されていらっしゃる方が大勢います。軍事的な写真も、日本国内ならまだしも、海外では生命に関わることすらあることを日本人は忘れています。イラクに墜落した米軍ヘリコプターの撮影に行って拘束されたジャーナリストの方もいらっしゃいましたし、戦場のイラクでもっと悲劇的な目に会われた方もいらっしゃる…。
概して日本人は宗教と軍事に対して警戒が甘いと思います。世界には撮ってはいけないものを撮ったために、法的処分ばかりかリンチや拷問や虐殺さえ覚悟しなければならない場面もあると心得るべきでしょう。
面白かったのは、私が新婚旅行でパリに行った時のこと、カミさんとエッフェル塔の前で写真を撮っていたら、たぶんアフリカから観光旅行に来ていたらしい黒人の一家がいらっしゃいました。その中の旦那さんらしい男性がいきなり私に近づいてきて、エッフェル塔を指さしながら凄い早口のフランス語で「○●▲▽◆◎∞□、ムッシュー?」と質問してきた。
もちろん私はフランス語は全然わからないけれど、ああ、この人はこのバカでかい塔の写真を撮っても罰せられないか、と心配しているんだなと何となく判ったから、私も「ウイ、ムッシュー。No problem! Have a nice trip!」とか何とか適当に答えたら、「メルシー、メルシー」ととても喜びながら御一家の所へ駆け足で戻って行き、家族をエッフェル塔の前に並べて(8人くらいいた)、セルフタイマーを仕掛けて何枚も記念写真を撮影しておられました。
微笑ましい光景でしたが、ああ、この人の国ではこういう建造物の写真を撮影すると罰せられることがあるんだなと、あまりに無警戒な日本との違いを感じたものです。
もっとも宗教施設であろうと軍事施設であろうと、招待されたり許可を頂いたりすれば、遠慮なく写真撮影されたらよろしい。私も港をブラブラ歩いていたら、海上自衛隊の護衛艦が艦内一般公開されていたので、相棒もいなかったのにこんな写真まで撮らせて貰っちゃいました(笑)。