にっぽん丸クルーズ

 今年(2019年)のゴールデンウィークは、元号が平成から令和に代わって新天皇の即位の礼などがあるため、何と暦の上では最大10連休になるとのことで日本中がお祭り騒ぎですね。まあ、定年退職した人間にとっては別にどうということもないんですが…(笑)。

 その10連休最初の土曜日、4月27日の土曜日は横浜の山下公園で行われた『ツナガリウォーク in ヨコハマ 2019』に参加してきました。これは「障がいのある人もない人も、お互いがその違いを認め合い、共に歩み共に創る」という“かながわ憲章”の理念に基づいたイベントで、あいにくの冷たい雨にもかかわらず、多くの方々と暖かい交流のできた1日でした。

 イベントについてはまた記事を改めて書くことにして、ゴールデンウィークの山下公園といえば横浜港の大桟橋には必ず何隻かの大型客船が停泊しています。この日もベイブリッジの下を通れなくて大黒埠頭に停泊中のものを含めて合計4隻もの巨大クルーズ客船が横浜港に入港していました。まあ、今回はイベントが優先なので船は横目でチラチラ眺める程度(笑)、しかし大桟橋や山下埠頭に接岸している客船を見ているうちに、ちょうど1年前の思い出が甦ってきました。あれから1年が経ったのか。

 1年前、2018年(平成30年)4月26日の夕方、私たちはこの横浜港を客船にっぽん丸で出港、5月1日まで5泊6日のクルーズを楽しんだのでした。定年退職して1年目ということもあり、クルーズ客船の旅は60余年の人生で初めてということもあり、とてもゆったりした贅沢な時間を満喫させて貰ったわけです。

 4月26日午後5時 横浜出港
 4月27日 終日航海
 4月28日朝 天草牛深入港
 4月29日朝 伊万里入港
 4月30日朝 城崎入港
 5月1日朝  金沢入港

 にっぽん丸はその後も東北から北海道を回って日本一周する旅程になっていましたが、残念ながら忙しい私たちは半周で下船し、金沢から北陸新幹線で帰京しました。各寄港地のこともまたいずれ別の機会に書くことにして、今回は船上の楽しみなどを書くことにしますね。

横浜大桟橋に着岸しているにっぽん丸(右) プロムナードデッキ(遊歩甲板)
九州の山並みから昇る朝陽 搭載艇(通船)の窓から見上げる洋上のにっぽん丸

 にっぽん丸は商船三井客船所属のクルーズ客船で、総トン数22472トン、全長166.6メートル、全幅24.0メートル、船客定員最大524名。一応日本の三大クルーズ客船と言われてますが、その中でも最も小型です。ちなみに日本の三大クルーズ客船とは飛鳥U(郵船クルーズ)総トン数50142トン、全長241メートル、全幅29.6メートル、旅客定員872名、ぱしふぃっくびぃなす(日本クルーズ客船)総トン数26594トン、全長183.4メートル、全幅25.0メートル、旅客定員620名、それとこのにっぽん丸ということです。

 この日本のクルーズ客船3姉妹が揃って横浜の大桟橋に接岸している写真もありますが、にっぽん丸が一番手前に写っているから何とか肩を並べているように見えるけれども、やはりサイズの差には歴然たるものがあります。(向かって左から飛鳥U、にっぽん丸、ぱしふぃっくびぃなす)

 私たちが出港した日も、大桟橋の反対側にはセレブリティ・ミレニアム(Celebrity Millennium)という総トン数90940トン、全長294メートル、旅客定員2218名の巨大な客船(メガシップ)が停泊していました。上の4枚組の写真のうち上段左側ですが、大桟橋のこちら側(山下公園側)に停まっている赤い煙突(ファンネル)のにっぽん丸が何とも可愛らしいですね。まるで大人と子供以上の違いがあると言ってよい。

 しかも何とこの船を経営するアメリカのセレブリティ・クルーズ社が保有する船の中では、これでも小型からせいぜい中型だといいますから、最近の10万トン超えの巨大クルーズ客船の偉容も想像できるというもの、しかし船は大きければ良いというものではありません。私に言わせりゃ、あんまり大きな船は可愛げがない(笑)。確かに船内の娯楽施設、レストランや劇場や映画館やプールやジムや売店やカジノなども何ヶ所もあって、優雅な船上生活に退屈することもないでしょうが、大きな船には致命的な泣き所があります。

 優雅な生活を楽しむだけなら陸上のリゾートホテルに滞在すれば良いが、客船でなければ楽しめないのが観光地巡り、クルーズ客船は何一つ不自由なく船室に滞在しているだけで、目覚めれば日本中・世界中の観光地に到着しているのですね。面倒な飛行機や列車やバスの乗り継ぎなど必要ない。これは確かに客船クルーズの大きな魅力ですが、せっかく観光地に着いても船から降りなければ観光はできません。

 しかし何万トンもの大きさの船が接岸できる港は限られています。付近に大型船が接岸できる港湾設備のない観光地では、船は沖合いに停泊したまま、搭載している小型の船を海面に降ろして、陸地との交通に当たらせます。どのクルーズ客船も沈没する時には救命艇となる小型船を搭載していますが、まさかそれを普段から“救命艇”と呼ぶわけにはいかない。縁起が悪い。にっぽん丸では“通船”と呼んでいましたが、いざと言う時には上空から視認しやすいように天井をオレンジ色に塗装した小型船を両舷に2隻ずつ吊しています。このオレンジ色の塗装はほぼ万国共通のようですが、観光したい客はこれで陸地に連れて行って貰い、観光が済んだらまたこれで船に連れ帰って貰うことになります。

 “小さな(笑)”にっぽん丸でさえ、この通船を使わなければ上陸できない観光地が何ヶ所かありました。上の4枚組の写真、下段右側は通船の天窓から母船のにっぽん丸を見上げた時のものです。白と紺のツートンカラーにオレンジ色のストライプの入った美しいにっぽん丸の船体が錨を下ろして悠然と洋上に停泊している姿は、通船の窓からとても綺麗で頼もしく見えました。

 さて例のセレブリティ・ミレニアムにも両舷それぞれ10隻以上の搭載艇の姿が見えますが、そういう観光地では2000人近い船客たちが上陸したいと考えるわけですね。陸上では幾つかのツアーが組まれていて、こちらのツアーのお客様は何番艇で何時出発、あちらのツアーのお客様は何番艇で何時出発…とあらかじめ案内はされているのですが、必ずしも時間厳守を励行する模範的な船客ばかりではないはず、かなりの混雑や混乱もあるのではないでしょうか。

 それに各寄港地の入港時刻や出港時刻はかなり厳密に決められていて、大体どこも数時間から半日程度の滞在時間しかないことが多い。陸上のホテルのように多少門限に遅刻しても大目に見て貰えるというわけにはいきません。ですからクルーズ客船も大きくなればなるほど、そういう混乱が前もって予想されるような観光地は目的地から外すように計画しているのではないかと思います。つまり大きなクルーズ客船は船上生活そのものを楽しむことに主眼が置かれることになるわけで、私も観光地を訪れるだけなら、列車やバスや飛行機や徒歩の旅を選びますね(笑)。

 その船上生活ですが、何も10万トンの船に乗らなくても、2万トンのにっぽん丸でも十分楽しめますよ。船首から船尾まで一周できる遊歩甲板(プロムナードデッキ)を歩き回るも良し、デッキチェアに寝そべって日がな一日海と空を見ているも良し、室内プール脇のカウンターでチョコレートドリンクを飲むも良し(最後のヤツは何だ?)、とにかく“何もしないこと(nothing)”をするのはとても楽しいです。
「お前は何をしているんだ?」
「何もしないということをしているんだ。」
という高校時代の文化祭(記念祭)でやった芝居のセリフを思い出しました。

 最近では日本人でもこういうクルーズ客船で何度も日本一周クルーズ、あるいは世界一周クルーズまで楽しまれるリピーターの方々も増えているようですが、そういう人たちに、これだけは止めた方が良いですよというご忠告を一つだけ。にっぽん丸乗船中、レストランの食事とか、船内見学ツアーの途中などで、やたらに「飛鳥では…」とか「飛鳥Uの○○は…」と他船のことを連発するお客さんが何人もいらっしゃいましたが、これはみっともない。にっぽん丸の乗員だけでなく、周囲にいる他の船客たちに対して、自分はこういうクルーズに慣れているんだということをさりげなく自慢しているのが見え見えなんですね。私なんかは、ただ金とヒマがあるだけじゃないか、どうしてそれが自慢なのと苦笑を抑えてました。しかも引き合いに出すのが必ず『飛鳥U』なんです、『ぱしふぃっくびぃなす』よりも語呂が良いから、自慢話もしやすいのかも…(笑)。本当に船旅ベテランの方は皆さん初めてのような顔をして乗ってますよと、添乗員の方も笑っておられました。

 たまたまイベントで横浜山下公園を訪れて、ちょうど1年前の夢のようなクルーズを思い出したわけですが、嬉しかったのは「もう1年経ったのか」ではなくて、「まだ1年しか経っていないのか」だったことです。人間は漫然と生活していると時間の流れを早く感じるという話は別のコーナーでも書きましたが、この1年間が長く感じたということは、定年退職後2年目も充実して送れたということです。こんなサイトも継続してこれたし、伊豆大島をはじめ関東各地の介護施設や保育園の健診にも東奔西走しているし、福島県相馬市のコンサートも計画実施したし、生化学大好き人間のための教科書の原稿も完成したし、学生時代の旧友や、教え子の卒業生や、古い職場の部下たちや、現在の職場のスタッフたちからも飲み会やお花見やカラオケに誘われるし、まだまだ私の人生クルーズは令和の時代に向かって未知の世界がいっぱいです。

 これも1年前のにっぽん丸クルーズで“何もしないこと”を堪能したのが原動力になっているのではないかと思う今日この頃ですね。しかしにっぽん丸は昨年暮れにグアム島で港湾施設に衝突する事故を起こしてしまいましたが、気を引き締めて今後も多くの船客のクルーズの夢を運んで貰いたいと思います。またグアム島で事故に遭って、せっかくの新婚旅行や新年カウントダウンのお祭りムードに水を差されてしまった船客の皆さんには大変お気の毒でしたが、船が代わりに事故を起こして厄を引き受けてくれたとポジティブに考え直して、これからの人生クルーズを明るいものになさって下さい。


         帰らなくちゃ