ウーメラ(Woomera)

 今年(2020年)12月6日午前2時半頃(日本時間)、小惑星リュウグウ探査の50億キロの旅を終えて地球に戻ってきた日本の小惑星探査機はやぶさ2から分離され、天体表面から採取したサンプルが入っていると見られるカプセルが無事に計画どおりオーストラリア南部の砂漠で回収されたというニュース、新型コロナウィルスでこの1年間苦しんできた地球上に久し振りに勇気と元気を届けてくれたように思います。2014年12月3日に打ち上げられてから6年あまりの間に、リュウグウへの探査機投下、人工クレーター形成とその前後2回にわたる軟着陸および表面サンプルの採取など、私にも分かる成果だけでも盛りだくさんでしたが、小惑星から持ち帰ったサンプルを最終的に地球に送り届ける場所として選ばれたのがオーストラリア南東部にある砂漠地帯でした。

 ウーメラ(Woomera)というちょっと聞き慣れない地名、カプセル回収の報道のたびに何度か耳にしましたが、オーストラリア原住民アボリジニの人たちの言葉で投槍器の意味だそうです。どこにあるのかGoogle Mapで調べてみました。昔なら地図帳を開いて調べたものですが、最近ではすぐにこういう便利なものに頼ってしまいます。こういうネット環境は敵性国家が大気圏外で核爆発を起こしたりしなくても、宇宙のちょっとした気まぐれな異変による電磁波障害でも攪乱されて使えなくなってしまう可能性があるわけです。本当は人類が営々と築き上げてきたリアルの言語と文字による文明の蓄積を利用しなければいけないのですが、いつ気まぐれを起こすか分からない宇宙のご機嫌を探るためにも、小惑星をはじめとする宇宙探査は必要なわけですね(笑)。

 さてウーメラは日本の本州の半分以上もある世界最大の兵器試験場・軍事演習場があるそうで、オーストラリア国防省が管理する立入制限区域になっていますが、Google Mapで示された場所を見てちょっと懐かしくなりました。実は43年前の1977年に私はこの近くを列車で旅したことがあるのです。夜になると人工の灯火もまったく無い無人の平地ですから、乾燥した大気を通して降るような星空が列車の窓から望めました。あの星空を炎で切り裂くようにして、はやぶさ2から分離されたカプセルは地球上に舞い降りて来たんだなあ。

 私が乗ったのは南海岸のアデレードと内陸のアリススプリングスを結ぶガン号(the Ghan)という寝台特急列車でした。上の地図の東海岸で赤丸で囲ったのがシドニーですが、中央南海岸の赤丸アデレードを発車してシンプソン砂漠を横切り、アリススプリングスまで結んでいました。1977年当時は車中2泊の行程でしたが、最近では1泊2日に短縮され、さらに北海岸のダーウィンまで伸びているそうです。アリススプリングスは地図の上端の赤丸で、その少し西側にエアズロック/ウルルがあります。

 なぜ1977年当時は2泊2日もかかっていたかというと、まだ線路の幅が全行程で統一されていなかったわけですね。アデレードを出たあと、上の地図で赤い四角で囲ったポートオーガスタという駅で、そこから先は線路の幅が狭くなるので列車を乗り換えます。ちょうど新幹線から在来線に乗り換える感覚でした。最初にアデレードでガン号のゆったりした座席に乗り込んだ時、周囲にはオーストラリア人旅行者が大勢乗っていて大部分が年輩の方ばかり、隣は立派な身なりの大柄なご婦人でした。

 会話も不自由な独り旅でしたから、エッ、この人たちと一緒に2日間も列車に乗って行くの?と不安を感じつつ食堂車に案内されて皆でランチを食べ、お茶の時間になった頃にポートオーガスタに到着、ここで列車を乗り換えることが分かった時はちょっとホッとしましたね(笑)。しかし次に乗った列車も少し車両の幅が狭くなっただけで、オーストラリア人旅行者たちと同じボックスシートだったので、再びちょっぴり不安が湧いてきます。もうこうなったら徹底的に英会話の練習をしてやれと覚悟を決めていたら、あたりも暗くなった時刻にマリーという駅に着いて、最終的にアリススプリングスに向かう寝台個室の列車に乗り換えました。今になって考えてみれば、このポートオーガスタとマリーの間を走っていた時、ナンチャラいう湖をはさんで200キロほど離れた所がウーメラだったわけです。何だ、200キロも離れていたのかと笑う人は、はやぶさ2が旅した50億キロという距離を考えてみて下さい(笑)。

 まあ、とにかく2回も列車を乗り継いで行くのですから2日2晩かかって当然だったと思います。たぶん現在では統一された軌道(線路)の上をさらに高性能な列車で旅するので1泊2日でアリススプリングスに到着できるのでしょうが、あの時余計にかかった丸1日という時間、決して無駄だったとは思いません。確かにあと1日あれば貴重なオーストラリア旅行の期間、もっと違う場所に立ち寄ることもできたかも知れません。しかし旅というものは観光地を足早に巡り歩くことではない、日常とは違う旅という時間に身を委ねること、まあ、この旅の境地を理解できないから、ちょっと経済的にお得となれば新型コロナウィルス流行の中でもGo To トラベルなどと政府の尻馬に乗ってしまうのだと思いますが、“旅”という時間は“日常”をちょっと切り離せば自宅にいても見つけることができると私は信じていますがねえ。

 ガン号で旅した折の車窓の写真を並べてみました。もちろん最近みたいにメモリー容量の大きなデジタルカメラで撮りまくるという時代ではありません。装填したフィルムの残り枚数と、日本から持参したフィルムの本数を気にしながらの撮影でしたから、大した数の風景写真が残っているわけではありませんが、Googleの航空写真を見れば分かるとおり、実に広大な赤茶けた砂漠が広がっているだけなので、どこを撮ってもほとんど同じ…(笑)。

 ところどころに牛がいたり、風車のある小さな集落があったり、撮影しそこなったがカンガルーが走っていたりするだけで、あとは灌木の茂みと剥き出しの岩肌が散在するだけの赤い砂漠地帯でした。これだけ遮る物もない砂漠で、しかも国防省が立ち入りを制限しているウーメラだからこそ、はやぶさ2のカプセル回収場所に選ばれたのでしょう。あと広大な砂漠地帯は地球上に他にもありますが、政情が安定していない北アフリカの砂漠や、技術を盗まれる恐れのある中国の砂漠などに下ろすわけにはいきません。

 10年前のはやぶさ初号機もオーストラリアのウーメラ砂漠に帰ってきました。あの時はミッション中にさまざまなトラブルに見舞われて息も絶え絶え、満身創痍の状態で地球に帰って来た感じで、小惑星イトカワのサンプルの入ったカプセルを分離した後に大気圏に突入して燃え尽きましたが、今回のはやぶさ2はいろいろな点を改善されていたため、ほぼ完璧に計画通りのミッションを遂行してもまだ余力さえ残しており、カプセル分離後さらに次の新たなミッションに旅立ったそうです。

 はやぶさ2の本体がリュウグウの次に探査に向かう先は1998KY26という微小な小惑星で、恐竜滅亡の原因となったような隕石として地球に衝突する可能性のあるタイプの天体だそうです。小惑星サンプル採取という偉業達成の成果をカプセルに託して送り返し、自らは地球に別れを告げて人類を救うための新たな任務に旅立つはやぶさ2の本体、その心情を人間に例えると涙を禁じ得ません。目標到達の2031年までの間に2027年と2028年の2回、地球の引力を利用して加速するスイングバイという航法で再び地球に接近しますが、その後はもう二度と故郷を見ることのない片道切符、本懐を遂げることを祈ります。


         帰らなくっちゃ