古代の食事

 皆さん、今日は何を召し上がりましたか?まあ、例えば焼き魚と焼き肉、御飯と野菜と果物を食べたとします。これと同じメニューを縄文時代の人間が手に入れるためには、どれだけの労力が必要か考えたことがありますか?
 私は縄文時代などの古代人の生活に詳しくありませんので、平均的な日本人が想像する縄文時代人のイメージで考えてみることにします。しかし縄文時代を専門とする考古学者の人に聞いても、まさか縄文時代にコンビニやスーパーがあったという学説は無いでしょうから、それほど間違った仮定にはならないと思います。
 まず魚と肉:魚を釣ったり野生の猪なんかを捕まえたりする必要があります。狩猟なんかは屈強の男たちが一日中野山を駆け巡って獲物を追いかけていたんでしょうね。しかも釣りや狩猟に必要な釣り針とか石斧とか弓矢とか、全部自分たちで手作りしなければなりません。
 次ぎに穀物:大規模な農業が始まるのは弥生時代からですから、野生の稗や粟や芋や木の実なんかを集めなければなりませんが、これは狩猟などの力仕事に参加できない女子供や老人の仕事だったでしょう。これも一日中野山を歩き回って食べられそうな植物を探したのでしょうね。
 さらに調理に必要な水は谷川に下りて汲んで来なければなりませんし、枯れ枝を集めて火もおこさなければなりません。しかも食物となる動植物を獲り尽くしてしまえば、次の新しい生活の場を求めて旅に出なければなりませんが、行く先々に別の集団がいれば互いの生存を賭けて戦争もしなければならなかったでしょう。
 これだけの重労働を十数人ないし数十人の比較的小規模な集団で分業しながら、日々の糧を得ていたわけですから大変です。現代人の何十倍もの肉体的労力を費やしても、実際に口に入る食物は3割も無かったんじゃないでしょうか。これでは血糖値が上昇して健康を脅かすことなどあるはずもありません。(もっとも他のことで健康を害していたのは事実だったでしょうが…。)
 皆さんもこれからは食事をするたびに、縄文時代人がこれと同じだけの食事をするためにはどれだけの肉体的労力が必要だったかを考えてみたらいかがでしょうか?

 さて狩猟生活を送っていた縄文時代の日本人も、稲作を取り入れた農業革命を経験して、時代は弥生時代へと移って行きます。定住して農耕生活をするようになって少しは楽になったかと思うと、世の中そんなにうまくは行きません。血で血を洗う大規模な戦いの時代を迎えますが、その頃の物語を私の想像を混じえてお話しいたしましょう。紀伊半島より大きな半島の謎もいよいよ解けます。