ブルートレイン(Blue Train)
ブルートレインとは、文字どおり『青い列車』、遠距離を結ぶ寝台特急列車のことで、昔から鉄道旅行マニアの憧れの的であった。上野と青森を結んだ特急「はくつる」「ゆうづる」、東京と九州各地を結んだ特急「みずほ」「さくら」「富士」「はやぶさ」「あさかぜ」、東京と山陰を結んだ「出雲」など、私がよく全国各地を旅行して回っていた頃から、いつかは乗ってみたいと思っていた列車名が思い浮かぶ。
何しろ若い頃の貧乏旅行では、国鉄の周遊券で特急・寝台料金のかからない急行列車の自由席でしか移動しなかったから、ブルートレインの旅といえば、学生にとっては高嶺の花の旅と言えた。まだまだ航空機や高速道路を使って旅行することが、それほど普及していなかった時代の話である。
大人になって多少金回りが良くなると、今度は時間が自由にならず、なかなか列車の旅を心ゆくまで満喫するというわけにはいかなくなったが、それでも私は他の同世代の人々に比べればよく夜行列車を利用して、遠隔地で開催される学会などに参加することも多い。もちろん貧乏周遊券での急行列車の自由席ではない、あの念願のブルートレインである。
国鉄からJRに変わり、航空機や新幹線や高速バスやマイカー旅行などに押されて、たびかさなるダイヤ改正が行なわれた結果、かつては青い流れ星と称された寝台夜行特急列車も最近では昔の華やかさはなく、札幌行き「北斗星」など超豪華列車を除けば、多くのブルートレインはただ細々と走っているだけの印象があり(廃止されてしまった列車もある)、往年のファンから見れば物寂しい限りである。しかし人生のそういう物寂しさも判ってくる年代になると、それがまた旅の趣きを増してくれるから不思議なものだ。
しかしブルートレインも私はただ旅情の趣くままに利用しているだけではない。例えば九州などで朝一番の会議がある場合、飛行機で行くと前日の夜までに現地入りしてホテルに宿泊している必要があり、これだと前日夕刻の飛行機に乗るために午後は欠勤しなければならなくなるが、夜に東京駅を発車するブルートレインだと一日フルに勤務することが可能で効率的である。しかも個室を予約すると自宅やホテルに泊まったのと同じくらいリラックスできて(タオル支給と丹前貸与あり、シャワー室利用も可)、学会発表の準備や予行も心置きなくできる。
弁当と缶ビールを買い込んで寝台車に乗り込み、レールの継ぎ目の音を聞きながらグワーッと熟睡して目覚めれば目的地。朝一番の会議もOKである。料金も飛行機で前日に現地入りした場合とそれほど変わりないから、半日休暇を取らずに済んだ分お得でもあるが、これは若い頃から旅慣れた人だけの贅沢かも知れない。
最近では東京発着のブルートレインが減ってしまったので、わざわざ夕方の新幹線で関西まで行ってから九州行きブルートレインに乗ることも多くなった。列車の寝台に腰掛けて、発車ベルの音に合わせてプシュッと缶ビールの栓を抜く。後方へ流れていくプラットホームの上には一日の仕事を終えたサラリーマンたちがネオンサインをバックにほろ酔い気分で電車を待っている。そんな都会の夜の風景を眺めながら食事を終え、一晩を列車の中で過ごした翌朝、窓のカーテンを開けると朝日の中に学生服やセーラー服を着た高校生たちの一団が目に飛び込んでくる。
まさに夜から朝へのタイムトラベルである。過ぎし青春の日々へのタイムトラベルのような錯覚もある。こういう旅情は航空機や新幹線では絶対に味わえないものであるが、やがて全国新幹線網の整備と共に、これらのブルートレインもまた、かつての蒸気機関車や連絡船のように消えていく運命にあるのかも知れない。