翔んで埼玉〜行田より愛をこめて〜
色が異なる品種の稲を計画的に植え付けて、秋の収穫時には田圃に巨大な絵が描かれる埼玉県行田市の“田んぼアート”、何年か前から稲が生育する時期が近づくと関東地方のニュース番組で時々紹介されていましたが、2023年(令和5年)の秋はちょうどこの方面での仕事が午前中に終わったので、少し遠回りして見学して来ました。
いや、想像はしていましたが、やはり見ると聞くとは大違い、百聞は一見にしかずという感じで、色の異なる稲で大地いっぱいに描いた絵の迫力は圧巻でしたね。そもそも稲で地面に絵を描くという発想が凄い。稲の品種によって茎や葉や穂の色がここまで異なることを知っている人なら誰でも思いつくアイディアかも知れませんが、それを実行に移してしまえる行動力と企画力には完全に脱帽です。
今年のテーマは今秋11月23日に公開される映画『翔んで埼玉 partU』にちなんで、主役のGACKTさんと二階堂ふみさんの顔をあしらった映画ポスター風の絵になっています。今回の続編には『琵琶湖より愛をこめて』という副題が付いているので、たぶん埼玉県民と一緒に滋賀県民も徹底的におちょくられ、ディスられる(バカにされる)ことになるのでしょう。公開が待ち遠しいですね。
ところでいくら色の違う稲で田んぼ一面に絵を描いてみても、同じ平面から眺めているだけではただの田んぼでしかありません。確かに黄色い稲や緑色の稲や黒い稲がゴチャゴチャ植わっていて妙だなと思う程度です。
実はこの田んぼは『古代蓮の里』という公園に隣接しており、園内には高さ約50メートルの展望タワーがあって、この上から眺めると上の写真のような田んぼアートが見渡せるわけですね。
ちなみにここ『古代蓮の里』に咲く蓮の花は、3年前に古河市で見た大賀蓮(ハス)ではなく、行田市の公共施設工事現場の地層から出土して自然開花した“行田蓮(ハス)”という別の古代蓮のようですが、私が訪れた時には季節的にも時刻的にも少し遅かったので、花を見ることはできませんでした。
さてこの地上50メートルの展望台から眺める田んぼアートということになると、ただの絵心だけでこの絵は描けないことが分かります。50メートルの高さから約30〜40度の俯角をもって見下ろした時に正しい絵にならなければいけない。絵の足元部分と比べて遠くは小さく見えますから、その見え方を修正して下絵を計画するわけです。ドローンか何かを使って真上から見れば、きっとGACKTさんや二階堂さんはやや頭でっかちに描かれているはず。
似たような話を小学生の頃に科学の本で読んだ記憶があります。奈良の大仏建立(745〜752年)に際して、大仏様の鋳型が次第に完成していくのを遠くから眺めた人々は、「何じゃ、あの仏様は頭ばかりでかくて不格好じゃのう」と嘲笑していたらしい。ところがいざ立派な大仏殿に収まって開眼供養になってみると、何と大仏様は均整の取れた尊い体つきになっておられる。鋳物師たちは大仏殿の中でお膝元からお顔を見上げた時にちょうど良く見えるように、最初から頭と胴体の比率まで計算して造っていたのだという話でした。
まあ、子供に物の見え方を教えるための読み物でしたから、この逸話が真実かどうかは分かりませんが、私は今回の田んぼアートのようなものを眺めるたびに、あの本を思い出しています。
さてこの“田んぼアート”、ちょっと残念なのは地元のPRが足りないんじゃないかということ。新型コロナ(COVID-19)も5類に移行して外国からの観光客も急速に回復してきているというのに、先日あるニュース番組で報道されていたのは、来日した外国人観光客のうち埼玉県を訪れた人の割合はわずか1%程度しかなかったそうです。インタビューしてみても、「サイタマ〜?知リマセ〜ン!」という有り様で、まさに『翔んで埼玉』を地でいく感じですね。
埼玉県の観光担当者も頭を抱えて焦っているようです。首都東京都や、箱根・鎌倉を持つ神奈川県や、成田空港・ディズニーリゾートのある千葉県などが相手では分が悪いとはいえ、首都圏1都3県の中でもダントツに低い知名度と関心度。まあ、私もドクターブンブンの旅日記でこれまで7回しか埼玉県を取り上げていないのに言うのは何ですが、埼玉県も良い所が幾つもあるのにPR弱いですね。
行田の田んぼアートにしても、地元の人たちがせっかく春先からアートを計画して、丁寧に田植えした稲を丹精して育ててきて、やっと秋になって素晴らしい絵を見られるようになった。でも「ちょっくら見に行くべえ」と思っても、首都圏に住む人たちですら“行田”がどこにあるか、正確に知っている人は少ないでしょう。
日本一暑い街として有名になり、2019年のラグビーW杯でも熱い街として燃えた熊谷に隣接するのが行田市です。JR東日本の東北本線熊谷駅の南隣に「行田」駅、秩父鉄道熊谷駅から南東へ3つ目に「行田市」駅がありますが、いずれの駅も『古代蓮の里』への交通のアクセスは悪いです。やはり最寄りの鉄道駅からの利便性の点で、埼玉県の各観光地は横浜、小田原、舞浜などに太刀打ちするのは難しい。
海は無くとも良い所だが、せっかくの観光地も最寄りの鉄道駅から不便なのが埼玉県。十分な交通インフラがないから観光客を呼び込めない、また観光客が来ないから今さら交通インフラの整備も後手にまわる、特に今後はバスなど公共交通の運転士さんも人手不足が深刻になりますから、この悪循環を断ち切るのも至難の業。
もうこうなったらいっそのこと観光客が現地に来ない“バーチャル観光”や“リモート観光”にも本格的に取り組んでみたらどうですかね。コロナ禍では海外旅行や国内旅行も厳しく制限された中、現地に行かなくても駐在観光スタッフの案内で名所・景勝地巡りを楽しみ、特産品などのお土産を購入して、まるで実際に旅行に行ったような気分を味わわせてくれる企画もありました。それをコロナ禍をはるかに上回る規模で“県内観光ネットワーク”を張り巡らせるわけです。
コロナ禍を脱して世界や国内各地にもリアルで出かけられるようになったのに、今さらバーチャル観光やリモート観光の需要があるわけないじゃんと最初から諦めていては、交通インフラの貧弱な埼玉県の観光に勝ち目はありません。何しろ神奈川県や千葉県の目玉スポットを訪れるための交通手段のコスパは、埼玉県とは比べ物になりませんから…。
むしろ交通インフラが乏しいことを逆手に取り、限られた日程ではなかなか足を伸ばせない県内の名所・旧跡・絶景ポイントをバーチャルで旅行できるようにネット環境を整備して、地元の特産品なども手軽に購入できるようにする、そうやって先ずは全国にある埼玉県アンテナショップに足を運んで貰い、さらに実際に現地にも行ってみたくなるような企画を次々に打つ、埼玉県に海を引く計画よりはずっと現実的だと思いますけどね。