源頼朝公の墓所

 今年(2022年)のNHKの大河ドラマは『鎌倉殿の13人』で、伊豆の小豪族に過ぎなかった北条氏を“鎌倉時代”の主役にまで押し上げた北条義時の生涯を描いていますが、これまでほとんど歴史ドラマとして取り上げられてこなかった“地味”な時代ですね。源平合戦の主役でもある平清盛や源義経などは早々と姿を消し、源頼朝もドラマ前半で出番を終える。あとは北条氏がライバルの御家人たちを次々と謀略で葬って最高権力を手に入れていく展開で、“地味”なだけでなく“陰湿”なストーリーですから、果たしてこれで年末まで視聴者の興味を繋ぎ止められるのかと危惧していましたが、何とSNS上ではこれまでの大河ドラマにもなかったほどの熱い盛り上がりよう、陰謀を巡る北条一族の人々の心情を推し量ったり、滅ぼされた御家人たちに思いを寄せたりと、そういうネット上の論評を読むだけでも興味津々の『鎌倉殿の13人』でした。まあ、令和の現代も権謀術策が横行する時代ですから多くの人々が共感するのかも知れませんが…。

 NHKのライバルであるはずの民放テレビ朝日でも堂々と“鎌倉殿”に便乗、『本当にスゴイ鎌倉時代の偉人ベスト13』などという番組を放映してました。エバン・コール作曲の『鎌倉殿の13人』のメインテーマ曲をふんだんに流しながら“偉人ベスト
13”ですよ。最近はNHKと民放も以前より仲良くなったのが微笑ましい(笑)。1年ほど前だったか、NHKでも何かの番組でフジテレビ『古畑任三郎』のテーマ曲が流れていたこともありました。

 それはともかく(笑)、テレビ朝日が鎌倉時代の研究家にアンケートして選んだ『鎌倉時代の13人』のうち、惜しくもベスト10入りを逃したのは
 13位 源実朝
 12位 後白河法皇
 11位 源義経 もう出ちゃったよ(笑)
本当は後白河法皇も源義経も鎌倉時代というよりは、ギリギリ平安時代末期の偉人だと思いますけどね。その後も鎌倉時代最大の国難だった元寇(蒙古襲来)を迎え撃った北条時宗とか、北条幕府滅亡の狼煙を上げた足利尊氏や新田義貞の名前も出ないまま、鎌倉時代の偉人ベスト4が今年の大河ドラマの主人公北条義時…アレアレ、今年の主役がベスト3を逃すとは…(笑)
 3位 北条泰時
 2位 北条政子
 1位 源頼朝
とその後は続きます。

 やはり源頼朝でしたね。最近は仕事で鎌倉方面へ出かけることも多いので、先日源頼朝の墓所を訪れてみました。鶴岡八幡宮から数百メートルほど東へ行ったあたり、鎌倉特有の起伏に富んだ丘の石段を登った場所で樹木に囲まれて頼朝は眠っています。ここは頼朝の持仏堂(死後は法華堂)跡と言われてますが、唱歌『鎌倉』の歌詞にあるとおり、
 
歴史は長き七百年
 興亡すべて夢に似て
 英雄墓はこけ蒸しぬ

一代の英雄にしては質素な墓石は永い年月を感じさせるように苔で覆われていました。

 弟の義経までを討ち滅ぼすような冷酷な人間だから、こんな“粗末な墓”に葬られて当然だなどと、判官贔屓の人たちが言うのを聞いたこともあります。冷酷と言えば今年の大河ドラマの北条義時も輪を掛けて冷酷、北条氏の権力の邪魔になる有力な御家人や豪族を謀略で討ち果たし、最後は承久の変(1221年)で朝廷までを押さえつけて武家政権の基盤を盤石なものにした。

 源頼朝には生涯2度の生命の危機がありました。1度目は平治の乱(1160年)で敗れた源義朝の息子 13歳の少年だった頼朝も捕らえられますが、平清盛の継母池禅尼の嘆願で死を免れた。2度目は平家追討の初陣 石橋山の合戦で惨敗して山中に隠れていたところを、敵方の梶原景時に発見されたが見逃して貰って助かった。もしこのどちらかで殺されていれば日本の歴史はどうなったのだろうと考えることがありますね。

 まあ、平安時代後期くらいから荘園や領地を護るための武士階級が成長してきていたから、いずれは武家が政権を握る時代が来るのは歴史の必然だったと思います。幕末に尊皇をスローガンに公家が武家から政権を奪還したようにも見える明治維新でしたが、次第に軍部が実権を握るようになっていったのを見れば、その必然性は明らかです。

 いずれ武家が政権を握る時代が必然的に到来するにしても、弟までを誅殺した源頼朝や、さらに頼朝を真似て朝廷までを屈服させた北条義時のような、冷酷かつ峻烈に見える人物が主役でなかった場合、その後の歴史はどう転がっていったのか。

 歴史のIF(イフ)ではありますが、もし源頼朝が朝廷に籠絡された義経を許し、後白河法皇などとも融和的な政権を築いたとしたら、また北条義時も13人の有力御家人の合議制を奉じて朝廷にも恭順の姿勢を取るような温和な性格だったとしたら、後の世の我々は大河ドラマでこぞってエールを送って感動したでしょうが、その後の蒙古襲来を日本はどう切り抜けたか、応仁の乱以降打ち続いた戦乱の世で朝廷を中心とした公家の政治原理がどう機能したか。江戸幕府はどうなったか。その後の明治維新はどうなったか。

 歴史は後戻りできない過去から現在への一本道ですが、こういう歴史を動かした“偉人”の墓や歴史的な事件のあった場所などを訪れると、「実際に起こってしまった歴史」ばかりでなく、「もしかしたら起こり得た歴史」の無限の可能性にまで思いを馳せることができます。そしてそれは現在に生きる我々の行動の一つ一つが「未来に起こり得る歴史」の可能性を決定していることにも気付かされるわけです。


         帰らなくっちゃ