飛行機恐怖症のおまじない
2018年11月30日から12月2日にかけて、ボランティア活動の一環で、この夏の西日本豪雨で被災した岡山県総社市へ行ってきました。活動についてはまたいずれ書くこともあるかと思いますが、その折に東京〜岡山間は飛行機を利用しました。私は個人的な旅行や出張なら、岡山くらいであれば絶対に新幹線を使いますが、やはり飛行機は速いですね。新幹線も速いと思うけれど、飛行機は別格です。羽田〜岡山のフライトでは空港を飛び立ってグングン上昇して水平飛行に移ったかと思うと、10分か20分もしないうちにもう高度を下げ始める。何だか旅をしたという実感さえ希薄です。
ところで今回飛行機に乗りながら思い返してみたのですが、私が飛行機に乗ったのは実に2年ぶりでした。前回は2016年の熊本行きで、これも震災救援のボランティア活動で、夏と秋に羽田〜熊本間のフライトに搭乗しました。岡山よりはちょっとだけ旅した実感ありですね。この写真は熊本空港で撮影したものです。この時から丸2年間、私はずっと地面にへばりついていました(笑)。
今回の岡山行きは全日空(ANA)でしたが、帰りのフライトは12月、ちょっとマスコミやネットでも話題になっている機内安全ビデオを拝見しました。搭乗して着席後、離陸までの時間を利用して機内で上映されるビデオで、お馴染みの非常時の心構えとか、機内安全設備の使用法だとかを懇切丁寧に説明してくれるわけです。昔の飛行機では担当のスチュワーデスさんが実際に救命胴衣を装着して解説してくれてて、特に男性乗客は食い入るように若いスチュワーデスさんの顔を眺めていたものですが(笑)、いつの頃からかビデオで省略されるようになってしまってからは、誰があんなものをいちいち見ているのでしょうか。
しかし2018年12月から上映されることになった全日空の機内安全ビデオは、歌舞伎役者さんが登場して、拍子木の音とともに避難や脱出の際の動作を見得を切りながらオーバーに表現してくれる、なかなか見応えがあって面白かったです。まあ、実際にあのビデオが役に立つ事態になったら、面白いなどと言って済ませられる問題ではありませんが…。
今回の新しい機内安全ビデオでちょっと笑ってしまったのは、「緊急脱出時には写真撮影禁止」という一項が入っていることです。もしそうなったら誰が写真や動画など撮ってる余裕なんかあるものかって感じですが、飛行機の事故はやっぱり恐いですね。こんな安全ビデオで助かるような事故はほんのわずか、大部分の航空機事故では大勢の乗客・乗員が一瞬にして生命を失ってしまいます。確かに最近の旅客機ほど安全なものはない、世界中の統計を取れば鉄道や自動車よりはるかに死亡事故は少なく、2基のエンジンのうち片方が故障しても飛行機は無事に地上に戻って来れるのだそうですが、操縦者の故意や管制官のミスなどによる事故は100%未然に防ぐことは原理的に無理ですし、いったん航空機事故が起こってしまえば普通の交通事故などとは比べ物にならない大惨事として報道されてしまいます。
私もできれば鉄道で行ける場所へはなるべく飛行機は使いたくありませんが、世の中には私なんかよりずっと極端な飛行機恐怖症の方も多いようです。有名な芸能人でもそういう方がいらして、海外の仕事はもちろん引き受けない、飛行機で2時間足らずで行ける国内の場所も一晩かけてでも列車やバスで行くので仕事の効率が悪いらしい。気持ちは分かりますが、列車の方が飛行機より恐いこともあります。例えば列車で旅行中に直下型の地震に遭遇したら、旅客機の墜落を上回る大惨事になりますね。新幹線の高速走行中の脱線、トンネルの落盤や地層断裂など考えただけでも恐ろしいです。
とは言っても、やっぱり足が地についてない分、航空機事故の恐怖は鉄道の災難よりも具体的なイメージを伴いやすい。普段平気な顔して旅客機に搭乗されている皆さんだって、心のどこかでは漠然とした不安を感じているんじゃないでしょうか。特に離陸時など私は客席の周囲を見回していますが、目を開いたり閉じたりしながら寝たふりをしている人、心ここにあらずといった風情で文庫本を読んでいるふりをしている人など多く見受けます。そういう人は飛行中比較的安全といわれている巡航状態になると別のことを始めますから、すぐに分かりますね(笑)。
あ、別にバカにしてるわけじゃありませんよ。空を飛ぶのは恐いと感じる神経の方が正常なんですから…。むしろ地上に貼り付いて生活している人間の分際で、豪傑ヅラして偉そうに飛行機に乗っている人間の方がおかしいと私は思います。私も飛行機は鉄道より恐いです。自分の乗っている飛行機が万一事故で墜ちたらどうしようと、いつもビクビクしながら乗ってますよ。
それで私は昔から飛行機に乗る時には必ず安全祈願(?)のおまじないをしております。ここで皆さんに“飛行機搭乗という試練”から生き残るための知恵(笑)をお教えしておきましょう。私がこんなことをするのは、戦争中の経験談を幾つか読んだからなのですが、一番大切なことは事故で、あるいは戦争で死ぬことを意識してはいけないということです。
太平洋戦争中、2隻の船が同じ決死の作戦に参加したが、1隻の方では乗組員全体が決死の覚悟を決めて遺書を書いて港に託した、もう1隻では遺書を書く時間もなくてドサクサに紛れてそのまま出撃せざるを得なかった、果たして遺書を書いた方の船は撃沈されて全員戦死、遺書を書けなかった方は無傷で帰還したそうです。
もう一つ、ある軍艦で出撃前にやはり決死の覚悟で髪を刈り髭を剃って心身を清めた乗組員たちに向かって、別の乗組員が「何で死に急ぐか、そんなに綺麗にしておくと靖国の神様から呼ばれるぞ」と声を掛けた、見るとその乗組員は髪はボサボサ髭はボウボウ、それを聞いて髭を剃るのを止めた乗組員たちは死ななかったが、髪も髭もさっぱりした人たちは不思議なことに全員戦死してしまったとか…。
そんなのはただの偶然だとか、迷信だとか言って嘲笑するのもよいですが、飛行機の中で密かに虚勢を張って平静を保っているように装っている方々は、旅行前の心構えの一つとしてどうぞお役立て下さい。
とにかく心身を清めて綺麗になってしまっては天国の神様から「おいでおいで」をされてしまうのだから、私も最初の頃は飛行機搭乗の前日は入浴をしませんでした。お陰で私の乗った飛行機は墜ちませんでしたが、ある年のこと、北海道の温泉から帰京する日の朝、とても気持ちの良い温泉だったので、どうしても朝風呂を浴びたくて我慢できず、とうとう禁を破って当日に入浴してしまいました。しかし飛行機は無事に羽田空港に着きましたので、それ以来いくら飛行機に乗る日でも前日入浴することにしました。その方が気持ちの良いフライトを楽しめます。
その代わりといっては何ですが、今度は前日に着ていた下着を取り換えないことにしました。お陰で私の乗った飛行機は墜ちませんでしたが、ある暑い夏の日のフライトであまりに汗ビッショリだったので、やむを得ず洗濯したての下着で搭乗してしまいました。しかし飛行機は無事に羽田空港に着きましたので、それ以来いくら飛行機に乗る日でもさっぱりと洗濯した下着を着るようにしています。その方が隣の座席の人にも気兼ねしなくて済みます。
その代わりといっては何ですが、今度は髭を剃らずに乗ることにしました。お陰で私の乗った飛行機は墜ちませんでしたが、ある時職場の若い女性たちと一緒に飛行機に乗る羽目になってしまいました。私は別にそんなにハンサムではありませんが、無精ヒゲを生やしたままの姿を女性たちに見られたら末代までの恥さらし、後から何を言われるか分かりません。何しろ口うるさい連中でしたから(笑)。仕方なくシェーバーを当ててから搭乗してしまいましたが、飛行機は墜ちませんでした。
要するにそんな目に見えるところをわざわざ汚くしなくても飛行機は安全なのですが、でも事故は1回起こってしまえば悲劇的な結末は免れません。そんな悲劇に遭遇しないために、私は最近では「万一事故で死んだら」などという想念を取り除くようなあるおまじないをしています。そういうネガティブな想念が事故を招き寄せるんだよと説教する人がいて、私もなるほどと思いました。それで私のおまじないですが、飛行機から無事に降りた後に必要になること、割に簡単にできること、風呂に入らないとか下着を取り替えないとか、そんな不衛生なことでもありません。
岡山へ出発したのは夜行便でしたが、その日の職員食堂で昼食を食べたら、プリペイドカードがちょうど残額ゼロになりました。これはちょうどいい、また来週もこの職員食堂で食事するためにプリペイドカードに現金をチャージしておきました。これでもう今日のフライトで事故に遭うことはありません。来週もここに来るからです。ついでに交通機関のプリペイドカード(東京人の私はペンギンのスイカ)にもチャージしておきました。“万一”を考えたら今チャージするのは無駄に見えますが、でもその無駄こそが安全を保証するおまじないになってくれるのです。簡単でしょ?