東京国際クルーズターミナル
2024年8月25日、世界で最も美しい帆船と賞賛されているイタリア海軍の練習艦アメリゴ・ヴェスプッチ号が東京の国際クルーズターミナルに寄港しました。第二次世界大戦前の1931年に進水した全長82メートルの大型帆船で、昨年7月にイタリアのジェノバを出港して来年2月に帰国するまで、実に1年8ヶ月に及ぶ世界一周航海の途中で東京にもその勇姿を見せてくれたわけです。
何でイタリアの船にアメリカを彷彿とさせる名前がついているかなんて不思議に思っていると笑われますよ。コロンブスの到達した土地がまだアジアの一部だと信じられていた1499年〜1502年に南アメリカ大陸を探検して、当時のヨーロッパ・アジア・アフリカ以外に第四の新大陸があることを主張したイタリアの探検家の名前を取っているんですね。この人の縁戚にはシモネッタ・ヴェスプッチという絶世の美女もいたらしい(笑)。
“一番美しい帆船”かどうかは個人的な好みの問題もあるでしょうし、日本の練習帆船
日本丸と海王丸の一世と二世も美しい船だと思いますが、クルーズターミナルの展望デッキから見下ろしたアメリゴ・ヴェスプッチ号の甲板も船上構造物も、長期間の旅路の途中にもかかわらず、すべてピカピカに磨き上げられていました。ともすれば底抜けに陽気で一面大雑把と見られがちなイタリア人ですが、「スマートで
目先が利いて几帳面 負けじ魂これぞ船乗り」というのは人種によらず世界共通の船乗りの標語なんだなと、かつてこの世界に憧れた人間としては涙が出そうになるくらい嬉しかった。
ところでアメリゴ・ヴェスプッチ号が立ち寄った東京国際クルーズターミナルは2020年、オリンピックが開催されるはずだった年に現在のお台場に新しくオープンしました。それまでは東京湾に入ってきたクルーズ客船は観音崎から羽田沖を通り、レインボーブリッジをくぐってその奥にあった旧晴海客船ターミナル(2022年廃止)に入港していました。国土地理院のサイトの航空写真に概略の位置をプロットしておきます。レインボーブリッジを挟んで上方(北)にあるのが旧晴海客船ターミナル、下方(南)にあるのが東京国際クルーズターミナルです。
かつての晴海客船ターミナルが素晴らしかったのは、ここに入出港する艦船はすべてレインボーブリッジの下をくぐっていたことです。江戸時代に国防のための大砲が設置された台場跡をかすめて、美しい巨大客船が橋脚に差しかかる光景は、まるで千両役者が舞台に登場するかのような趣がありました。晴海に出入りするさまざまな艦船を、ある時はレインボーブリッジの上から、またある時は公園として整備されている第三台場跡から眺めたものです。今日は大型客船が入港するぞという情報を得ると、朝からカメラを持って出かけて行って、午後遅くまであの橋の上を行ったり来たりしましたね(笑)。
しかし新しい東京国際クルーズターミナルではそんな楽しみはなくなりました。ターミナルビルの展望デッキはそんなに広くなく、あちこち通行制限もあり、横浜大桟橋のように心ゆくまで船を眺めてブラブラできる雰囲気ではありません。また大桟橋に停泊する船は、山下公園側からも赤煉瓦倉庫側からも視界を遮る物もなく展望できるのですが、ここ東京国際クルーズターミナルの対岸は品川や芝浦の物流センターで一般人は立ち入ることができない地区です。
古き良き晴海客船ターミナル時代の写真で、2018年6月3日にイタリアの客船コスタ・ロマンティカ号(The
Costa Romantica)が入港した時のもの。左側の写真は、第六台場の島影から姿を現した真っ白い巨大客船(総トン数53000トン)がレインボーブリッジに向かって行きますが、黄色いファンネル(煙突)が橋にぶつかりそうでハラハラしますね。右側は瀟洒な四角錐の屋根を持つ旧晴海ターミナルビルの傍らに憩うコスタ・ロマンティカ号、背後では2年後に迫ったオリンピックの選手村建設工事が進んでいました。
何でこんな絶景を楽しめる晴海客船ターミナルが廃止されてしまったのか。その理由もこの写真から分かると思います。50000トン級の客船でもマストやファンネル(煙突)がレインボーブリッジに接触・衝突する危険がある、さらに最近では100000トンを越える超巨大客船も続々と建造されており、そういう船は高さ制限に引っ掛かって晴海には入港できないわけですね。横浜の記事でもちょっと触れましたが、かつて英国のクイーン・メリー二世号が横浜ベイブリッジの下を通過できず、外側の大黒埠頭(貨物用)に停泊して乗船客の不評を買ったことがありました。
東京港はその二の舞にならないように、クルーズターミナルを橋の外側に移動させたと考えられます。レインボーブリッジを行き交う船舶を楽しんでいた船キチにとっては寂しい限りですが、これもまた時代の流れなのでしょう。