空の安全
今年(2024年)は元日から能登半島を中心に北陸地方を大震災が襲い、さらに被災地へ物資を運ぶ任務を帯びていた海上保安庁の飛行機が離陸のため羽田空港C滑走路に入ったところ、札幌から到着した日本航空の旅客機に後方から衝突されて、海上保安官5名が殉職、1名が重傷を負われました。正月早々大事件が立て続けに起こって日本列島は不吉な新年の門出になりましたが、北陸で被災された方々には1日も早い生活復興をお祈りしていますし、また被災地を元気づけるイベントなどあれば老骨に鞭打って参加したいと考えております。折からの厳冬の中、くれぐれも健康にだけはお気をつけて頂きたく、また行政にも最大限の支援をお願いしたいと思います。
被災地に思いを巡らしている最中、震災翌日の1月2日夕刻に発生したさらなる不幸、羽田空港C滑走路上での日航機と海上保安庁機の衝突事故、亡くなった海上保安官の方々には慎んでご冥福をお祈りしますが、日航機の乗員乗客会わせて379人は、乗務員の適切な避難誘導と乗客の冷静な行動のお陰で奇跡的に1人の死者もなかったのは不幸中の幸いでした。
テレビニュースで事故の第一報が飛び込んできてから映像を見守っていると、あれよあれよと言う間に機体は焼け落ちてしまった。よくあの状況で全員脱出できたものだと思うし、機長は逃げ遅れた乗客がいないことを確認しながら燃える客席の通路を通って最後尾のシューターから最後に脱出した、本当に日頃の訓練と責任感の賜物だと感嘆しました。
しかし最も安全な交通機関と言われる飛行機が、なぜあんな場所で事故を起こしたのか。現代の飛行機は空を飛んでいる限り、位置情報・高度情報・速度や方位などの運行情報などほぼ完全に把握されていて事故を起こす確率はゼロに近いが、離陸と着陸の前後11分間ほどが魔の時間帯だそうです。鳥の衝突など機体のトラブルが最も起こりやすいということもあるだろうし、空港周辺を飛んでいる他機や地上管制官との意思疎通などに齟齬が発生しやすいということもあるでしょう。
飛行機は安全と信じて空の旅を楽しめるのは、整備員の方々が機体を綿密に点検・維持してくれているお陰だし、滑走路上の障害物を除去したり除雪したり鳥を追い払ったりしてくれている作業員が見張っていてくれるお陰だし、滑走路や空中の航空路を共有する飛行機が何事もなく行き交うことができるように管制官が交通整理してくれるお陰なのです。誰かさんは飛行機に乗る前に変なおまじないするとか言ってましたが、それだけじゃないんですね。今回それを痛感しました。
それで今回の事故は、現在専門家が原因を分析中ですが、私はどうも海上保安庁機が管制官の指示を聞き違えたらしいように思います。空港管制官は着陸してくる日航機をやり過ごしてから海上保安庁機に“優先順位1番”で離陸を許可するつもりだったが、海上保安庁機は一刻も早く被災地へ物資を届けたいという思いも強かったのか、“優先順位1番”の指示で即時離陸許可を貰ったように勘違いしてしまった。
職種は違いますが、私たち医療の分野でもこの種の行き違いや勘違いを完全にゼロにすることはできません。丁寧な指示とか、指示の復唱とか、複数人でのセカンドチェックとか、いろいろ心掛けるようにはしてましたが、それでもどこかに落とし穴が潜んでいる可能性を完全には否定しきれませんでした。
今回もそういう類似職種の目でニュース報道を見ていると、管制官は海上保安庁機に“離陸優先順位1番”と伝えるだけでなく、“日航機の着陸後に離陸優先順位1番”と伝えておけばおそらく事故は回避できた。しかしこれがヒューマンエラーの恐いところなんですね。普段は同じ言葉のやり取りでも事故は余裕で回避できていたと思われますが、たまたまこの時は不幸な条件が重なってしまった。震災が起こって早く物資を届けたいのに海上保安庁機は離陸予定が遅れてしまっていた…とか、肉眼視認が難しい薄暮の時間帯になってしまっていた…とか。
事故後に管制官の経験者もコメントしてましたが、地上の飛行機が誤って滑走路に入ってしまうのをチェックするモニターや警報はあるが、いったん離陸許可を出した飛行機がきちんと順番を守って離陸して行くのを最後まで注視していることはないとのこと、そりゃそうでしょう、管制官もパイロットもお互い訓練されたプロ同士ですから、1機1機「ハイ、次の飛行機どうぞ」「ハイ、その次の飛行機はしばらく待て」などと、手取り足取り懇切丁寧に誘導する必要もないと考えて当然です。それにそんな悠長なことをしていたら次から次から離着陸するすべての飛行機をさばき切れなくなります。
練馬上空を飛ぶJAL1便 | 東京上空から羽田空港へ向かう飛行ルート | |
日本を含む東アジア上空の航空機 | 全世界を飛ぶ航空機 |
航空管制官の仕事って大変なんですね。私もこの機会にネット上に公開されているflightradar24という無料アプリを使ってみました。東京オリンピックを機に練馬上空が新しい羽田空港への進入経路になって以来、南風が吹く日の午後3時から6時頃までは我が家の上空あたりを旅客機が通過するようになりました。Flightradar24のアプリで見ていて、アッ、飛んで来たなと思って空を見上げると該当する飛行機が上空を飛んで行く。雲の影響などで機影が見えない時でもジェット機のエンジン音がゴーッと通り過ぎて行く。まあ、飛行機好きにはたまりませんね(笑)。
Flightradar24の画面を4枚ほど並べてみましたが、上段左はサンフランシスコを発って羽田へ帰って来た日本航空第1便が練馬上空やや西側を通過するところ。もう少し広域の上段右の画面にすると、羽田を離陸した飛行機と共に、羽田への着陸を待つ飛行機が列をなして飛んでいるのが、刻一刻とリアルタイムで表示されます。羽田空港と成田空港の場所には多数の飛行機が折り重なって表示されています。南風の午後の時間帯でしたから、羽田に降りる飛行機は東京都区内の北縁を迂回して羽田に向かっています。ちなみに青線がA滑走路、赤線がC滑走路に降りる航跡です。
この画面だけでも20機ほどの飛行機が空中に表示されていますし、羽田と成田の各空港の滑走路にも同数程度の飛行機が地上で動いています。これだけの飛行機が滑走路を共有しながら安全に離着陸するのを1機1機丁寧に見届けるのはやはり生身の人間の能力の限界を超えていますね。かつて遠藤周作さんはエッセイの中で、作家で盟友の阿川弘之さんはたまたま空を見上げた時に飛んでいる飛行機の便名、発着時間、出発地と到着地まで正確に言い当てたと書いていましたが、私は信じられませんねえ(笑)。
下段左のもっと広域の画面にして日本列島から東アジア地域までカバーしてみると、まさにウジャウジャといった感じで飛行機がうごめいている。下段右の全世界画面になると、小さな昆虫の群れが巣穴からワッと出てきたみたいな不気味ささえ感じます。ロシアから北極上空が空白なのは現在のロシア情勢を反映していると思われますが、それにしても特に下段の画面に表示されている飛行機の1機1機に機長はじめ数十人から百数十人の乗員・乗客が乗っていて、しかも連日連夜世界中の空をそんな飛行機が四六時中埋めつくしていると思うと気が遠くなるようですし、さらにこれだけの飛行機が膨大な二酸化炭素を排出して地球温暖化の原因の一つになっているのですから、人類もこれからは地理的な移動にも革命を起こさなければいけないと感じますね。
それはともかく、バッタの大群のように飛び回る飛行機の安全を見守っている世界中の航空管制官の方々には感謝しかないですね。年が明けてからも日本では大雪で高速道路が通行不能になったり、新幹線が停電で止まったりしましたが、そういう地上の交通機関は最悪の場合でも車両を現場に停止させて対応できますが、空中に浮かんでいる飛行機では物理的にそうはいかない。何があっても燃料が切れるまでに必ずどこかの地面に着陸させなければいけないのです。
私も「飛行機は安全」などと他人事のように気楽に書いたりもしましたが、そうやって航空管制官が心身すり減らして空の安全を見守り、乗務員が冷静沈着に運航に当たり、機体や空港保安施設の点検・整備を確実に実行してくれる人たちがいるからこそ飛行機は安全なんだなと、今回の事故を受けて強く思った次第です。また私が定年まで勤めていた医療現場も各職種の人たちが研鑽を積んで、相互に信頼しながら協調することで安全を守ってきた、同じように専門性の高い分野だったのだと改めて気付くことができました。