解剖坂とお化け階段
今回はまず東京都文京区千駄木にある解剖坂からです。ある観光案内図でこの名称を発見してから、ちょっと行ってみたいなと思っていた場所でした。解剖坂があるのは根津神社真向かいの日本医大病院のさらに裏手、医学部校舎に接している坂道が解剖坂です。
コンクリートで舗装された坂道の斜面と石段が並んでいるので、徒歩で通行する場合どちらを通ろうか、ちょっと選択肢の楽しみがありますが、「解剖坂」というインパクトの強い名称にしては何の変哲もない坂道ですね(笑)。
東京都内には他にも幽霊坂とか暗闇坂などという不気味な名前を持った坂道が何ヶ所もあるようですが、解剖坂というのはどうやらここだけみたいです。また都内の珍しい名前の坂道にはその名称を示す表示板が設置されていることが多いのに、「解剖坂」と記された表示板はありません。あくまで付近の住民や、ここを通る人たちの口述によるネットや観光地図の情報だけが頼りですね。
この写真の左手の建物に医学生の解剖実習室があるから「解剖坂」と呼ばれるのだろうとも書いてありますが、他の大学医学部周辺に解剖坂があるとは聞いてません。また医学部や病院の近くなら解剖坂でなくても、「内科坂」とか「オペ坂」とか「レントゲン坂」とかあってもいい。私たち病理医としては「病理坂」でなくても「顕微鏡坂」とかも欲しいなあ(笑)。
地元の言い伝えでは、この階段の13段目でお婆さんが転んで亡くなったので、子供たちは念仏を唱えながら坂道を通るとも…。どうも“解剖”というと一般の人たちは猟奇的なイメージを抱くようですが、“解剖”という言葉は別に生物の体に切開を加えて内部を探求する以外にもごく普通に使われてます。私が子供だった頃の少年週刊誌には『戦艦大和の解剖』とか『ゼロ戦の解剖』とか図解があったのを覚えてますし、現在でも物事や組織や機関の内容や機能を細かく分析する作業を指す時にも使われてます。
『○○政権の経済対策を解剖』
『マスコミを徹底解剖』
『日本の教育を大解剖』
まあ、“解剖”にもいろいろありますが、千駄木の解剖坂は医学部の裏手にあることから、やはり医学的な解剖を念頭に置いての命名であることは間違いないですね。しかし誰がいつ頃から言い出した坂の名前なのか、このネット情報あふれる時代でもその辺が今ひとつ明らかでありません。こういうインパクトのある地名(珍名)が定着した理由なども、もう少し解剖してくれると嬉しいですね(笑)。
さて文京区の谷中・根津・千駄木を総称して“谷根千”と呼ぶことがありますが、解剖坂のあった千駄木の隣町の根津にもちょっと珍しい地名があります。その名も“お化け階段”と言いますが、登りが40段、下りが39段ということで、下りる時は一段抜けるのですね。
確か私が卒業した高校の七不思議の一つとして、旧校舎には夜中に通ると段数が一つ少ない階段というのがありました。昔その階段で転倒して死んだ生徒の祟りだったように伝えられていて、私なども部活動で夜遅くなった時はその階段を使わなかったような思い出が…(笑)。
しかし白昼堂々と一段抜ける根津のお化け階段、その理由は徹底的に“解剖”されていて、この写真の赤矢印で示した1段目が問題なのです。下の地面と同じ高さで段差がありませんね。しかし一応“階段”になっているので、登り始める時にはここを“1段目”と数えて2、3,4…と上がっていって40段になりますが、下りてくる時は39段目で地面と同じ高さになりますから、「あれ、1段減っちゃったよ?」ということになります。
判ってみると何のことはない“お化け階段”でしたが、最初に段抜けに気付いた人はきっと怖かったでしょうね。たぶん好奇心の強い子供たちが階段を数えて怪談を作り(笑)、巻き込まれた大人たちも恐る恐る試して最初は「本当だ」と震え上がり、そうやって地域の噂話として広まっていく、そういう素朴でユーモラスな情景が思い浮かぶようで微笑ましいです。
今回は何の変哲もない坂道の話題でしたが、東京はだだっ広い関東平野にある真っ平らな都会だと思っていると、六本木の記事でも触れたように、昔の何本もの川が台地を削った岡あり谷ありの起伏に富んだ複雑な地形なのですね。至るところに坂道があります。全国に名の知れた有名な坂道もあれば、名もない坂道もある、中には珍名の付いたユニークな坂道もあります。
そう言えば最近では女性アイドル集団の坂道グループ(乃木坂46、櫻坂46、日向坂46)が人気上り坂で、少し前に一世風靡したAKBグループ(AKB48、NMB48、SKE48、HKT48など)の人気を食ってしまったみたいです。今年(2021年)のNHK紅白歌合戦に坂道グループは3つとも出場するのにAKBグループは1つも選ばれず、芸能人の人気の坂道はアップダウンが激しいなあと思いました。