三浦半島ロケ現場
定年退職後は首都圏を中心に千葉・埼玉・神奈川から山梨や栃木や伊豆大島まで、主として福祉介護施設や保育園の健康診断で回っていますが、今年(2020年)の初頭、三浦半島の相模湾を見渡す老人ホームを訪れた時、施設2階の屋外ベランダから反対側の丘の上に遊園地の観覧車が見えました。
アッ、もしかしてここって…!
老人ホームと観覧車というキーワードから何か思い当たる方もいらっしゃるんじゃないでしょうか。
映画を観てない人にはどうということはないんですけど、ここは昨年(2019年)松竹から公開された映画『男はつらいよ お帰り寅さん』の撮影に使われた介護施設なんですね。シリーズ50作目というこの映画、主人公の寅さんを演じた渥美清さんは1996年(平成8年)に68歳で亡くなって今はなく、映画の劇中でも寅さんは亡き人になっている。
また寅さんの妹さくら(倍賞千恵子)、夫の博(前田吟)、夫婦の一人息子 諏訪満男(吉岡秀隆)が同じ配役のまま22歳の年齢を重ねた姿で登場します。甥っ子の満男は小説家になっており、若くして妻に先立たれ現在は娘と2人暮らし、妻の七回忌の法要が行われた葛飾柴又の実家から始まった物語は、時を同じくして書店で開催されたサイン会で満男が初恋の人だった及川泉(後藤久美子)と再会することから次々に進展していきます。
寅さんにとって最も本命に近かったリリー(浅丘ルリ子)も登場しますが、やはり今回の作品を進行させるヒロインは及川泉だと思います。現在は国連難民高等弁務官事務所で働く泉は、国際結婚でイズミ・ブルーナと名前が変わっており、仕事で来日した機会に年老いた父親(橋爪功)が入所している三浦半島の老人ホームを満男の運転する車で訪ねるのですね。かつて妻子を捨てて離婚した父親を複雑な思いで見舞う泉、母親(夏木マリ)も同行しますが元夫とは頑なに面会しようとしません。まあ、当然でしょうが…。
この老人ホームの屋外ベランダで泉と母親が海を見ながら語り合うシーンがありましたが、その時2人の背景にかなり大きく写っていたのが、この丘の上の観覧車でした。老人ホームと観覧車というちょっと違和感のある取り合わせに、このシーンが印象に残った観客も多かったのではないでしょうか。
施設のロビーには後藤久美子さんのサイン色紙がガラスケースに納められて展示されていました。元祖国民的美少女とも言われる後藤久美子さん、最近でこそ芸能界で活躍するティーンエイジャーも数多いですが、1986年に12歳で女優デビューし、以後現在に至る美少女ブームの先駆けとなったのが後藤久美子さんです。当時を知る世代の者にとっては、エエッ、まだ小学生の子が…?と驚きと好奇の目をもってテレビや雑誌のグラビアを眺めた日々のことが懐かしく思い出されます。
その後1996年に渡仏し、F1レーサーのジャン・アレジと事実婚、先妻と離婚調停中だったフランス人レーサーといういかにも危なそうな男がお相手だっただけにちょっと心配しましたが、3人の子供をもうけて現在もヨーロッパで一緒に生活しているそうです。
女優業からは引退したと報じられていましたので、『お帰り寅さん』の映画の中で、まさか旧姓及川泉役で後藤久美子さんが本当に出演するとは想像もしてませんでしたから、スクリーン上で再会した時は本当に懐かしかった。現在の実生活をそのまま反映したような配役で、多少たどたどしくなった日本語の発音も不自然ではなく、年齢を重ねたとはいえ相変わらず“美少女”の面影を残す美しい女性でした。その後藤久美子さんがロケで立ち寄った同じ介護施設で私も仕事できたのは嬉しい偶然の巡り合わせですね。
『男はつらいよ』シリーズ第50作の『お帰り寅さん』は、50匹目のドジョウなどと酷評する“アンチ”の人もいましたが、いつもいつも恋しちゃ振られるワンパターンの展開に飽きもせず泣き笑いしながら楽しんでいた“寅さんファン”にとっては、1997年以来22年振りの登場人物たちとの再会に感無量なものがありました。
しかし仄聞するところによれば、寅さんが幽霊になって帰って来て車家や諏訪家(妹さくら)の人々を見守り続けているというアイディア、実は山田洋次監督と旧知の横尾忠則さんの発案だそうで、名前も出さずに自分の原案を使われたとして山田監督に抗議するなど、あの世で寅さんが聞いたら悲しみそうな不愉快な出来事もあったらしいのはとても残念なことです。
あと私として不満だったのは、何で映画の冒頭で桑田佳祐に寅さんの衣装を着せて主題歌を歌わせたのかということ。まさか山田監督は渥美清さん亡き後に桑田佳祐を代役にして『新・寅さんシリーズ』を始める下心でもあるんじゃないかと心配で、映画の最初の方はストーリーも上の空でした。DVDが発売されたら、桑田の歌をすっ飛ばしてもう一度映画だけ楽しむつもり(笑)。桑田佳祐もファンの多い大スターだとは思いますが、渥美清さんの面影を追って映画館に足を運んだ観客に対して、何もいきなり桑田の寅さんを見せつけることはないんじゃないかな。寅さんイコール渥美清、渥美清イコール寅さん、これはもう『男はつらいよ』のルールです。