白旗神社

 今年(2017年)6月、山梨県の長坂というところへ行ってきました。ここは昆虫好きの人にとっては、オオムラサキという大きな美しい蝶で有名な場所だそうです。日本の国花はサクラ、国鳥はキジですが、オオムラサキは日本の国蝶に指定されています。ついでですが、日本の国菌は漫画『もやしもん』でもお馴染みのアスペルギルス・オリゼなんていう雑学もネットに出ていました。病原性大腸菌でなくて良かった…。

 ところで私が長坂へ行ったのは別にオオムラサキの採集のためではなく、大学教授を退官後こちらに診療所を開設されておられる病理学の先輩の先生のお手伝いのためです。と言っても診療のお手伝いではなく、その先生は昔からアマチュア歌劇団を組織しておられて(昔々劇団四季のオーディションに合格した東大教授がいると写真週刊誌にも出ていた先生と言えば、ああそうかと思い当たる方もいらっしゃるでしょう)、その先生の歌劇団(笑)が、何と何とあのビゼーの名曲『カルメン』の公演をする、そのバックのオーケストラのお手伝いです。

 何十年来の先生のお仲間たちが魔性の女カルメンを熱演する、女とは何歳になっても男を虜にする恐いものなのですね(笑)。しかし音楽は年齢でやるものではないということを改めて感じました。私も中学・高校の頃から音楽部などで活動していたおかげで、還暦を過ぎてもまだこんな楽しみがあるわけですが、そういうアマチュア音楽の経験が無い方もカラオケでもリズムでも音楽鑑賞でも何でもよいですから、ぜひ音を楽しむ心を大切になさって下さい。

 蝶や音楽の話はそれくらいにして、長坂は山梨県北杜市にありますが、東京からは甲府や韮崎よりさらに向こう側、しかも長坂に午前10時くらいに着ける特急列車はなく、私は東中野から八王子で乗り継いで各駅停車で練習に伺いました。しかし本番は直前の練習(ゲネプロ)も含めて2日がかりですから、2日とも各駅停車で片道3時間半もかけて通うわけにはいかない、それで何人かのオーケストラの団員と一緒に先輩の先生のご自宅に泊めて頂きました。

 ご自宅は、鉄道駅から遠く離れてバスも通わない、これは自家用車が無ければ絶対に暮らせないような森の中の別荘地で、空気もとてもきれいな場所でした。前の晩は、こういうイベントの当然の帰結として酒盛りでベロンベロンに酔っぱらう、でも私はこういう自然の中にいると早々と目が覚めるように身体の仕組みができているのか、鳥の声に呼びさまされて(単純にトイレに呼ばれただけと思いますが・笑)、日の出前に起き出して近くを1時間ほど散歩してみました。

 十字路にあたるご自宅付近はご覧のとおり林の中、ところどころに別荘が建っており、こんな所にお客さんが来るのかというような喫茶店もある。こんな清々しい場所に住みたいと羨ましく思いましたが、車を手放した者としてはもはや叶わぬ夢…。

 さて近くに小さな神社があるというのがご自宅の目印とのことで、『カルメン』公演の成功を祈って(笑)お参りしようと思ったが、森の中にそんな神社仏閣のような建物は見当たらない。探してみると、十字路の道路から少し森の中に入ったあたりに、上の写真のような小径がありました。これが参道なのですね。

 参道の入口には平成年間に造られた石の鳥居があって、そこから100メートルほど小径を進んでいくと、やはり新しい石の柵で囲まれた10畳から15畳くらいの小さな領域があって、ここが神社の境内なのです。きちんと注連縄も張ってありました。

 左の写真が神社の全景です。まさか出雲大社だとか靖国神社などというものを想像していたわけはないんですけど、やはり神社というからには神殿の社があって、狛犬がいて、お賽銭箱があって、年若い巫女さんか何かが朝のお掃除をしている…なんていう情景を思い描いていた私は完全に意表を突かれましたね。

 参道入口の鳥居や周囲を巡らせた柵などは後から造られたものですが、それ以前は小さな石の祠と背後の巨石、そして巨石の上にまるで積み木のように積み上げられた一対の石塔だけが神社の本体だったわけです。向かって左手の説明板によると、逸見四郎有義がこの石の下に白旗を埋め、後に神社として祀ったとの言い伝えがあるらしい。

 ネットによると、平安末期の1130年頃、甲斐国に土着した甲斐源氏、源清光の子光長が逸見姓を名乗ったとありますが、光長の双生児の弟である武田信義の四男が逸見四郎有義だそうです。いずれにせよ甲斐国の源氏の一族、源氏だから白旗なのですね。源氏の白旗を巨石の下に埋めて戦勝祈願したところ御利益があったので神社として祀ったのでしょう。昔の日本人は石には不思議な力があると信じていたわけで、国歌『君が代』もさざれ石(小石)が成長して巌(巨石)になって苔むすまでの長い長い年月、我が国は栄えていくのだと歌っています。

 そういう歴史的な検証は別として、日本人ははるか昔の時代から森羅万象の中に神を見出して敬虔な祈りを捧げてきた、そういう日本人の宗教観の原点に立ち帰れたような白旗神社参拝でした。


         帰らなくっちゃ