ご馳走様の心
今年(2019年)のNHKの大河ドラマは『いだてん〜東京オリムピック噺〜』、日本で初めてオリンピック競技に参加したマラソンの金栗四三選手と、1964年の東京オリンピックを招致した田端政治さんの2人が主人公らしい。長い歴史を持つNHK大河ドラマで近代から現代が舞台となるのは数えるほどしかないが、最近では中世から幕末に舞台を限らなくても、CG(コンピューターグラフィック)の発達で産業革命以降のリアルな光景を再現できるようになったという技術的な要因に加えて、何といっても来年(2020年)の2度目の東京オリンピックに向けての話題作りとムード盛り上げという目的があるのは明らかである。
そんな『いだてん』が大河ドラマとして放映されることになったことを受けて、もう一つのNHKの人気番組『チコちゃんに叱られる!』の新年第1回の放送では『いだてん』の出演者をゲストに招いた特別編を組んでいた。『チコちゃんに叱られる!』は永遠の5歳という女の子のキャラクターが、日常生活の中の知っているようで誰も知らない疑問をゲストにぶつけ、もしゲストが答えられないと(答えられないことがほとんどだが)「ボーッと生きてんじゃねーよ!」と頭から湯気を立て目から炎を吹き出して怒鳴りつけるという痛快な番組、「ボーッと生きてんじゃねーよ!」は昨年(2018年)の流行語大賞ベストテンに入るほどの人気だった。昔のNHKならばこんな品のない言葉を喋ることは絶対になかったが、まあ、時代も変わったね(笑)。
さてそれはともかく、『いだてん』出演者をゲストに招いた新春スペシャル企画で、チコちゃんからの出題に「ご馳走様って何様?」というのがあった。確かに“ご馳走”には“走る”という漢字が当てはめられている、まさかマラソンの途中給水みたいに飲み食いしながら走るわけではあるまいし…と漠然と不思議に感じていたことではあったが、それ以上突っ込んで考えてみようとしなかった私もボーッと生きていた、チコちゃんに叱られても仕方がない(笑)。
馳は“馳せ参じる”の馳、そして走と組み合わさった“馳走”は早く走るの意味になり、これはインドの足の速い神様“韋駄天”を表すのだそうだ。「ご馳走様」は「韋駄天様」、人にご飯を食べさせてもてなすために、駿足の韋駄天があちこち走り回って食材を調達する、それが転じて誰かにご飯を食べさせることを馳走というようになったとのこと。韋駄天のように走り回ってご飯を作ってくれたことへの感謝の言葉が「ご馳走様」なのだそうだ。
さて人間が生きていくために不可欠な食べ物が身の回りにあるという状況は、昔はまさに“有り難い”ことだった。だから誰かが自分のために食べ物を用意してくれるという行為は“ありがたい”のである。しかし飽食の日本においてはその“有り難さ”が忘れられ、食べきれなかったから、あるいは賞味期限が過ぎたからといって、当たり前のように“ありがたい食べ物”を廃棄するようになってしまった。
昨年(2018年)の暮れ、ある民放の朝のニュース番組で売れ残った大量のクリスマスケーキが惜しげもなく廃棄される映像が放映されて問題となった。この番組ではさらに前の季節の恵方巻きが大量に売れ残って廃棄される映像も流されたが、この映像を見て日本国民が上から下まで反省しなければ、あるいは反省の心も一時だけで忘れ去ってしまうようであれば、こんな国民にはいずれ因果応報の天罰が下るだろう。
クリスマスケーキや手巻き寿司が大量に廃棄される原因の分析について番組のアナウンサーも解説していたが、私が以前読んだ一般向けの商売繁盛のネタ本と同じだった。その本は一問一答のクイズ形式で書かれており、確か第1問だったと思うが、こういうのがあった。
「ある商品を問屋から仕入れて店舗で完売したのに怒られた。何故か?」
答えは今回のケーキ大量廃棄と同じ、売り切れたということは、まだあとから来店した客に同じ商品を売って利益を上げられたから…というのだ。10年以上前に読んだ本の内容を未だに覚えているのは、その答えに違和感があって腑に落ちなかったからだが、あれは現実の商売世界のことだったかと初めて気が付いた。
つまりケーキでも手巻き寿司でも、売り切れるよりは売れ残って廃棄する方が良い、廃棄分も見越したリスクは価格に上乗せして客に払わせ、売上高の向上だけを目指す、それが実地の経済理論であり、経営戦略なのだろう。
日本は先進国の中でも食糧自給率が最低なのに、まだ食べられる食物の廃棄量は世界一、何でも1年間に国連が各国に対して行なう食糧援助の2倍だという。「これは問題ですねえ」とアナウンサーも嘆息していたが、問題はそんな単純なことでは済まない。
食糧自給率が低いということは、世界各国から食材を買い集めているということ、韋駄天のように足で稼いでいるのではなく、金で掻き集めているのだ。日本などの先進国が金に糸目をつけずに食糧を買い漁るから、地元で生産された食材は現地の人々が買えないくらい価格が釣り上げられることになり、そうやって金の力で持ち去られた食材が正当に消費されているならまだしも、売れ残ったからといって大量に廃棄されている、それを知った現地の人々はどう思うか。
日本も昨年出入国管理法が改正され、これから外国人に就労の門戸を開くことが法律で決められた。現在でもすでにたくさんの外国人の方々がさまざまな場所で働いておられ、私の近所のコンビニなどでも東南アジアの若者がレジを打っている姿も珍しくない。彼らの故国からも日本が大量の食材を買い付けて価格を上昇させているとしたら、売れ残った食品を廃棄処分するという行為が彼らの目にどのように写っているか、考えたことはあるのか。彼らの故国では父母や幼い弟妹が毎日腹を空かせているかも知れないのだ。
戦争なんか止めようよ、毎日美味しい物をたらふく食って平和を楽しもうよ、平和ボケした飽食の日本人が世界に向かって訴えたって、誰が聞く耳を持つものか。これは日本人の独り善がり、第二の大東亜戦争だと、太平洋戦争中のパイロット美濃部少佐も書いている。現在でこそ金に物を言わせて世界各地の食材を買い漁ってこられるが、もしあと一つ、首都圏直下地震か南海プレート地震が我が国を襲えば、そんな経済など一瞬で下落して日本は物を買うのも不自由になるに決まっている。そうなった時に、食糧生産国の人々にそっぽを向かれたらどうするのか。欧米や中国の方が高く買ってくれるから、食物は日本に売らないということもあり得るのだ。そんな因果応報を招く食品大量廃棄であることに思いを巡らせよ、平成の日本人!
科学は道を見つける
「生命は道を見つける(Life finds a way)」というのは映画『ジュラシック・パーク』の中で、マルコム博士の発した実に印象的な言葉でした。億万長者のハモンド氏が科学者を雇って、ジュラ紀から白亜紀にかけて恐竜の血を吸った昆虫の試料から恐竜のDNAを抽出、それをもとにクローン技術を駆使して中生代の恐竜を現代に復活させ、実物の恐竜を見せるテーマパークを開くというストーリー、もう知らない人はないくらい有名な人気映画シリーズでしたね。
ちなみにあの映画シリーズの中で活躍する恐竜の大部分は、ジュラ紀が終わって白亜紀になってから出現する種が多いけれど、日本語のタイトルなら『白亜公園』でもサマになるものの、英語で白亜紀はcretaceous period、『Cretaceous Park』よりは『Jurassic Park』の方が語呂が良いので、こちらのタイトルになったらしいです。
さて恐竜を現代に復活させたハモンド氏たちに警告を発したマルコム博士に対して、お抱えの科学者は絶対安全だと反駁します。復活させた恐竜の個体はすべてホルモンを調節してメスになるから、自然に繁殖できないように厳しく管理されていると言うのですね。しかしマルコム博士は、生命を押さえつけることはできない、進化の歴史の中で生命はどんな障壁も突き破って繁殖してきたから、生命を制御するのは不可能だと言い放ちます。それでもまだ聞く耳を持たないハモンド氏たちに向かって言った言葉が、生命は道を見つける…でした。
現在のところ進化の頂点に位置している人間は、極端に発達した頭脳に内在する知能と意志の力で獲得した“科学”を万能の武器として、この地球上に君臨しています。“科学”自体が生物進化の結果として人間に備わった形質なのです。同胞を大量に殺戮する兵器を開発したのも科学の力なら、遺伝子を操って恐竜を現代に復活させる技術も科学の力です。地球上の生命進化が人類に与えた力が“科学”なのですから、考えてみればマルコム博士の警告は自家撞着を含むことになりますね。
マルコム博士は、生命はどんな限界をも打ち破って自分で道を探って進んでいくものだから、恐竜を制御しようなどという試みは止めろと警告しているのですが、科学という力を駆使して何らかのアクションを起こそうとしているハモンド氏たちの野望自体が、まさにマルコム博士のいう「生命は道を見つける」という仮説の正しさを証明しています。科学者という人類の一種族は理論的に可能と思えば、それを実際に試したいものです。どんなに制御しようとしても科学者の欲求を押さえつけることはできません。それが人類まで進化してきた生命の宿命でもあるのでしょう。
原子核に封じ込められたエネルギーを解放すればとてつもない威力を持った爆弾を作れる、しかしそんな物を開発すれば政治家や軍人が何に使うかは火を見るよりも明らかですが、そんな倫理的な制約など科学者には無縁です。理論的に可能なことは実現しなければ気が済まない、それを理科系バカと呼んでも構わない。かくして原爆は実際に人の住む都市に投下されました。開発に携わった科学者の中には、原爆を実戦に使ったことを知って生涯良心の苦しみを味わい続けた者もあったそうです。
マルコム博士はあの映画の中で、ハモンド氏お抱えの科学者たちは恐竜復活ができるかできないかだけに夢中になっていて、なすべきかなすべきでないかについて考えることを放棄していると非難していますが、そもそも生命はマルコム博士自身が言ったように、制限があろうとなかろうと、なすべきであろうとなかろうと、可能性がある方向に道を探そうとするものなのですね。
昨年(2018年)11月には中国の深セン市の南方科技大学で、受精卵にゲノム編集を行なった双子のベビーが誕生したと報告され、世界中に大きな衝撃が広がりました。ゲノム編集とは細胞の核に収納されている遺伝子(ゲノム)を構成するDNAを切ったり貼ったりして遺伝情報を操作(編集)する技術で、これまでも一般的な体の細胞から遺伝的障害を取り除く目的で使われてきましたが、受精卵の段階で遺伝子を編集したベビーを誕生させたのは今回が初めてです。
父親がエイズ感染者であるため、子供にもエイズウィルスが感染しないように、ウィルスを体内に招き入れる機能を持った特定のタンパク質を改変してしまおうとしたようですが、まだゲノム編集技術の安全性が確立されていないという点や、倫理的・道徳的問題が未解決なのに秘密裏に臨床応用が行われた点を含めて、世界中の理系・文系学者やマスコミから批判が集中しました。中国政府も実験中止を命令したとのことです。
しかしもう制限は破られてしまったと見るべきかも知れません。生命は道を探すのです。人類にまで進化した生命は、科学を生存の武器として道を探す、今その進むべき道が自らの遺伝情報さえも改変する方向に突き破られた、おそらく世界中からどんな批判が集中しようと、倫理的規範で押さえつけられようと、功名心に駆られた科学者は新たな方向に道を探し始めるでしょう。マルコム博士の警告は最も皮肉な形で現実のものになったと言えます。
遺伝子の本体であるDNAの構造モデルがワトソンとクリックによって提唱されたのが1953年、それから70年も経っていないのに、もうゲノム改変ベビーが誕生したとなると、さらに次の半世紀でどんなことが起きるか予測は不可能です。ゲノム編集の技術も、クローンの技術も手にした人類という生命が新たな道を見つけるのは時間の問題でしょう。法的な規制だとか、倫理的な指針だとか、無意味とは言わないが、それを乗り越えようとする科学者という生命に対してはいかにも非力、さらにクローン人間で一儲けしようという資本家や政治家という生命の前では無力でしょう。今回の中国でのゲノム編集ベビー誕生は、人類の歴史にとって新たな原罪となる恐れが非常に高いです。
女の惑星(Planet of the Females)
種子島宇宙センターから打ち上げられた1隻の亜光速宇宙船が長い旅を終えて地球に帰還しようとしていた。乗組員たちは、現在の船内時間は西暦2020年だが、亜光速飛行による時間の遅れを考慮すると地球上では西暦2673年になっているはずだと計算しながら人工冬眠カプセルで最後の休息を取っていると、突然異常事態発生、宇宙船はある惑星に不時着してしまった。
地球と似た自然環境を持つ惑星の湖水に不時着した宇宙船から脱出できたのは3人の男性宇宙飛行士のみ、もう1人の女性宇宙飛行士はカプセルの故障によって死亡してしまっていた。生き残った3人は未知の土地の探検に出発、ここまでは初代『猿の惑星』(1968年)のような展開なのだが、この惑星を支配していたのは猿などではなく、美女の群れだった。3人が素っ裸になって湖水で水浴していると、美しい娘たちが現れて衣服を隠してしまう。彼女たちは3人の男の裸体を物珍しそうに観察しては、何やらキャアキャア色めき立っている。その様子はまるでこれまで男というものを見たことがないのかと思われるほどウブだったし、さらに驚くべきことに彼女らは地球の言葉を話した。
3人の男たちは衣服を返して貰うと、娘たちに案内されて彼女らの住む超近代的な都市へ連れて行かれた。スターウォーズの銀河共和国の元老院でもありそうな巨大な都市である。非常に友好的なムードだったが、彼女らに案内された都市には男の姿が1人も見えない。まさか男はみんな奴隷にされているとか…?男たちは不審に思ったが、美しい女性ばかりが目の前に現れては友好的、もしくは友好的以上の眼差しをもって迎えてくれるので、確かに悪い気はしなかった。これはハーレムの惑星ではないか。昔話に聞いた“女護が島”は本当にあったのか(笑)。
ところがこの都市の科学アカデミー長官の婆さんだけは3人の姿を見たとたん、ギョッとしたような表情を見せて、3人の身柄を隔離してしまう。血相を変えて激しく抗議するこの惑星の住民の女性たち。いったいこの婆さんの意図は何なのか。隔離された居住区で3人の男たちは婆さんから驚くべき真相を打ち明けられる。ここは本当は地球なのだと。そして現在は西暦2673年、21世紀初頭に地球を出発した亜光速宇宙船がそろそろ帰還する頃だということは知っていました…とのことだった。
婆さんの話は次のようなものだった。いったん葬られていたメンデルの法則が再び陽の目を見るようになった20世紀初頭以来、遺伝学や遺伝子工学の発展は目覚ましく、あなた方が地球を出発した21世紀初期にはすでに遺伝子をいじくり回して生物の形質を変えることが可能になっていたのは知っているでしょう。ただし人間の受精卵に手を加えて1人の個体を発生させることだけは、何となく社会的な制裁もあるような気がして敢えて誰もやらなかったのです。
ところが2018年のこと、中国のある科学者がゲノム編集を行なった双子のベビーを誕生させました。技術の安全性もまだ確認されず、道徳的・倫理的な諸問題も解決されていなかったのに人間の受精卵に手を加えた、もちろん当初は世界中で反対論が巻き起こり、その科学者もいろいろな非難を浴びせられました。しかしいったん誕生してしまった赤ちゃんを元に戻すわけにはいきません。いかなる法律的規制や倫理的規範が検討されようと、結局科学は“やった者勝ち”なのです。その中国の科学者はノーベル賞は貰えませんでしたが、科学史上には名前を残すことになりました。
こうなったらもう法律的・倫理的・道徳的な歯止めは利きませんでしたね。科学とは人類の頭脳から生まれたもの、そしてその頭脳は地球上の生命の進化が人類に与えたもの、人類が科学を生存の武器としてさらに進化しようとするのは、好むと好まざるとにかかわらず、生命進化の必然的帰結であったわけです。20世紀には「生命は道を見つける」なんて言葉が出てくる映画があったそうじゃありませんか。
ゲノム編集ベビーに続いてクローン人間が生まれるのは時間の問題でした。最初のクローン人間がどんな状況で誕生したのかは不明です。とにかく最初のクローン人間誕生は秘密裏に行わなければいけませんでしたからね。一説によると、ある大富豪が自分そっくりの人間を次の世に残したいと考えて、自分の分身の母親として理想的と思える若い娘を探しだし、全遺産を託す契約で協力を求めたそうです。そしてその娘はやがて大富豪の分身を出産しました。
最初のクローン人間誕生が世界中に知れ渡った時、その否定的反響はゲノム編集ベビーの時とは比べ物にならないくらい大きなものだったそうです。しかし誕生してしまったものはどうしようもないじゃありませんか。たとえ神の摂理に反するもの、道徳的・倫理的批判に耐えられないものだったとしても、いったん生まれてしまったクローン人間をどうしろというのですか。元々は大富豪だか何だかの体の細胞、毛髪だろうが、フケや爪だろうが、タバコの吸い殻やペットボトルの飲み口に付着した口唇の細胞だろうが、理論的には何でもいいわけでしょ。しかしどうせそんな細胞から生まれたんだから処分してしまえ、抹殺してしまえということが言えますか。すでに外見的には人間の姿を持っているんですよ。
誰かが先鞭を付けてしまえばクローン人間の応用が始まる、こうしてクローン人間もなし崩しで社会に受け入れられていき、人類は新たな進化の段階に突入しました。クローン技術のことが初めて世界に紹介された頃、ずいぶん荒唐無稽な空想や妄想が世にはびこったらしいですね。肉体的能力の優れた人間だけをクローン培養した精強な軍団で世界を征服するだとか、美女だけをクローン培養してハーレムを作るだとか…(笑)。そんな二流の三文小説が今でも中央図書館の古文書倉庫に保管されてますよ。
精強な軍団だとか、とびきりのハーレムなんてものは、計画してから実現までに20年以上かかることはすぐに分かります。受精卵が発育して赤ちゃんとして誕生してから、さらに戦闘員として、ハーレムのホステスとして教育と訓練を施しながらきちんと養育しなければいけないんですからね。ではクローン人間を認知した人類、あなた方の末裔であり、私たちの祖先である人類は、クローン人間を何に利用したかお分かりですか。
科学アカデミー長官の婆さんが次に発した言葉はまさに驚くべきものだった。
実は私もクローン人間なのです。いえ、私だけではありません。現在地球上にはクローン人間でない者はおりません。人類はついにクローン技術による繁殖を選択したのです。昔はあなた方と同じ男という性別の個体が人口の約半分を占めていました。しかしX染色体を1本しか持たない男は遺伝的に女より弱い。女だけで繁殖するようになれば、X染色体上の劣性遺伝子を封じ込めることが可能になる。
現在地球上にいる人間はすべて女性ばかりです。女性はある年齢に達すると、自分の身体の一部から細胞を採取し、その遺伝子を自分の卵子に移植したクローンベビーを、自分の子宮で妊娠する。つまり女性は自分自身を妊娠して次の世代に残すのです。いえ、厳密には自分自身ではありません。現時点で自分に見つかった遺伝的瑕疵はゲノム編集で修正して、より完璧な形質を備えた自分以上の自分なのですね。どうですか、これこそ人類が科学の力で達成した生命進化の究極像だと思いませんか。
そんな変な顔しなくてもいいでしょう。生物界にはさまざまな生殖方法を示す種族がいます。雌雄同体の生物もいる、個体の生涯のある時期だけ性別転換する生物もいる、どれも進化の過程でそういう生殖方法を選択して勝ち残ってきた種族なんです。人類は科学の力で、雌だけの単為生殖を実現しました。皆さんが宇宙へ旅立った時代の人類にとってはおぞましい話かも知れませんが、まさに「生命は道を見つけた」のです。
さて皆さんは女だらけの地球に戻っていらして、さぞハーレムだと喜び浮かれていることでしょうが、もはや私たちの文明には男は不要です。むしろあなた方に滞在されると、若い娘たちが大昔の本能を呼び覚まされて妙な行為に走ってしまうかも知れません。本当は地球に帰って来て欲しくなかったんですがね。たぶん世界のどこかにはまだ男女の交配によって繁殖している古い人類種族が生息しているらしいとの報告がありますから、そちらへ退去して頂けませんか。絶滅危惧種だったのが100年前だから、今もいるかどうか保証はできませんが…。
…ってどこへ行きゃいいんだよ、新アマゾネス伝説の婆さんよ!
神経ボロボロ
今年(2019年)3月13日の朝は驚愕のニュースが走りましたね。ミュージシャンでもある人気俳優のピエール瀧がコカイン吸引常習により、麻薬取締法違反の容疑で逮捕されたというニュースです。まさかそんなことをしそうな人には見えなかったんですが、何と20歳代の頃から何十年にもわたって大麻やコカインに手を出していたというから驚きです。やはりそういう麻薬系の薬物は1回でも手を出したら止められなくなってしまうものなのですね。
1回くらいなら大丈夫だろう、あとこの1回やったらもう止めよう、そう思いながらも止められずにズルズルと薬物を使用し続けて中毒患者になってしまう。ピエール瀧も仕事は順調、特に厳格な模範生を求められる国営放送(NHK)の覚えもめでたく、今年の大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』では日本で最初のマラソンシューズを開発した足袋職人という重要な役に抜擢されており、こんな薬やってたらヤバイな、早く止めないと大変なことになっちゃうな、と絶対に焦っていたはずなのに、それでも止められない、それが麻薬のような薬物の恐いところなのですね。
NHKをはじめとする芸能界・音楽界に関連する仕事のキャンセルだけでも億単位の賠償金を請求されるだろうとマスコミやネットでは取り沙汰されていますが、いよいよ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』では日本初のオリンピック選手が出場するストックホルム大会が舞台という前半最大の佳境に入ってきたこの時期に突然降って湧いた薬物騒動、視聴率が10%以下という不振に喘いでいる大河ドラマだけに、まさに追い討ちをかけられたも同然、番組関係者が頭を抱える姿が眼に浮かびます。麻薬は自分だけでなく、社会にも大きな迷惑を及ぼすのです。
ではそんな危険な薬物と知っていながら止められないわけは何でしょうか。それはこれらの薬物が我々人間の神経系を支配してしまうからだと考えられます。
「俺たちを飲めば、吸引すれば、注射すれば、お前をもっと楽にしてやるぜ、もっと幸せな気分にしてやるぜ、もっと人生を楽しく生きようじゃないか。」
そういう悪魔の囁きに誘惑されて人間はどんどん薬物の深みにはまってしまうのですね。最初は薬物なんて自分の意志でコントロールしてやると思って始めたと思うのですが…。
ピエール瀧の逮捕を受けて、その日のニュース番組などでは麻薬の専門家が解説者として何人も出演されてましたが、普段は陽の当たらないこういう縁の下の力持ちたちにテレビ出演のギャラをもたらしたことだけが、今回のピエール瀧の唯一の“功績”と言えるかも知れません(笑)。
…などと笑っている場合ではありません。専門家たちはコカインや大麻などの薬効や中毒症状などの解説に当たって、こういう薬物を止められない理由を「一般の人には分からないでしょうが」と前置きしていましたが、冗談ではない、一般の人たちも薬物を止められない状況を日常茶飯事に目の当たりにしているし、中でもかなり多数の人たちは実際に自分自身が薬物を止められずに周囲に迷惑を及ぼしている現実があります。
それは合法的な薬物ですが、違法でないだけにあまりに多数の人々が手を出して中毒に陥っている薬物、つまりニコチン(喫煙)ですね。私などは早くこんなものも麻薬取締法で処罰の対象にして欲しいと思っているのですが、現在すでに多数の人たちがタバコ産業に関わってしまっているし、国家も多額の税収を期待できるので、絶対禁止することができなくなっています。私は矛盾だと思いますね。ピエール瀧のコカインは誰かに迷惑をかけるどころか多才な芸能活動の原動力だった可能性もあるのに逮捕された、一方副流煙で周囲に健康被害を及ぼして(過失傷害ではないのか)医療費増大の一因ともなっているタバコは野放しになっている。麻薬は暴力団の資金源になるから犯罪だというなら、中毒にさせられたピエール瀧はむしろ“被害者”であるという見方もできる。
それはともかく、ニコチンはどうして人間の神経系を支配してしまうのか、私なりの解釈を述べておきます。中学や高校で生物を学ばれた方ならアセチルコリンという物質の名前を聞いたことがあると思います。神経伝達物質の一種で、神経細胞(ニューロン)が信号を伝達する時に、次の神経細胞(ニューロン)に信号を中継する物質のことです。
例えばこの図で、
>ーー○
のように描いてあるのが神経細胞(ニューロン)で、右側の○の部分で信号が発生、ーの線維を通って信号が伝達され、>の部分で次の神経細胞(ニューロン)の○に信号が中継される、この時の中継物質のことを神経伝達物質といいます。
手足の骨格筋を動かす信号は大脳運動領の神経細胞(ニューロン)で発生し、延髄で左右交差して脊髄内を伝達されて、次の脊髄の神経細胞(ニューロン)に中継され、末梢で目的の筋肉細胞に伝達されます。
つまり手を伸ばせ、足を曲げろ、という類の運動の信号は2個の神経細胞(ニューロン)で中継されますが、1個目と2個目の神経細胞(ニューロン)の中継、2個目の神経細胞(ニューロン)から筋肉細胞への中継は、アセチルコリンが行います。しかしこの中継作用、実はアセチルコリンが存在しなくてもニコチンが代行してしまうのですね。それは1個前の神経細胞(ニューロン)が放出したアセチルコリンを感知する受容体という物質が、ニコチンにも感応してしまうからです。この受容体を“アセチルコリンのニコチン受容体”と呼びます。
この図で黄色くマークした2ヶ所の中継地点は、本来はアセチルコリンが作動する部位なのですが、おそらく体内のニコチン濃度が高ければ、その分だけアセチルコリンの必要量は少なくて済む。駅伝競走でタスキを中継する時に、次の走者は200メートルくらい先からスタートしても良い…みたいな感じで、これはかなり狡いですね。
ところで中学や高校時代に理科や生物が得意だった方ならば、アセチルコリンというと副交感神経を思い出されるかも知れません。身体を興奮状態にさせる交感神経はノルアドレナリンという物質、リラックスさせる副交感神経はアセチルコリンという物質が作用すると習われたと思います。
身体はこの2つの自律神経によって調節されているわけですが、実はそう単純ではありません。副交感神経が瞳孔や心臓や呼吸器や消化器や泌尿器や生殖器などの内臓で作用する時にも確かにアセチルコリンが働きますが、この作用はニコチンでは代行できません。
この作用を代行するのはムスカリンという別の物質、これは毒キノコから抽出される物質で、このキノコを食べると眼はトロンとして涎ダラダラ、身体が過度にリラックスしてしまうそうです。昔はこの毒キノコを食べてリラックス状態を楽しむパーティーもあったらしい。
話はここからが面倒くさくて、交感神経も副交感神経も2個の神経細胞(ニューロン)で信号が伝達されます。交感神経はこの図に赤で描いたように、1個目の神経細胞(ニューロン)は脊髄の中央、副交感神経は青で描いたように延髄と脊髄下部の2ヶ所にあり、それぞれ神経節という部分で2個目の神経細胞(ニューロン)に信号を中継しますが、この時はどちらもアセチルコリンが働き、しかもここではニコチンが作用を代行できます。
つまり喫煙して体内のニコチン濃度が高まると、運動の信号も、自律神経系の信号も、本来の量のアセチルコリンを使わずに済むのではないか。タバコを吸うと頭がスッキリする、身体のキレが良くなる、ストレスに耐えられる、喫煙を止められない人たちは口々にニコチンの効能を口にしますが、駅伝の中継地点で次の走者が200メートル先から出発できる“ハンディ”を貰っていれば、そりゃ良い結果が出るでしょうよ。しかしそういうルール違反に狎れきったチームは正々堂々と戦えば決して勝てるはずがありません。
人間の身体も同じかなと思います。身体を動かすのも、体調を整えるのもニコチンに頼ってきた神経系では、本来のアセチルコリンを分泌する能力が減退しているでしょう。神経ボロボロなわけですね。人間の身体をこうやって蝕み、周囲にいる非喫煙者の身体をも痛めつける薬物が、何で大麻やニコチンのように取り締まりの対象にならないのか、実に不思議なことです。国際的にも喫煙野放しの国ではオリンピックを開催してはいけないそうですが、日本も2020年の東京オリンピックを機に喫煙者対策を強化したら良いと思います。
高瀬舟裁判
大正5年に森鴎外が発表した小説『高瀬舟』は非常に重苦しいテーマなので、あんまり考えたくない人も多いでしょうが、私がまだ東大病理学教室で駆け出しの病理医をやっていた頃、法学部のあるゼミの学生さんから『高瀬舟』の模擬裁判をやるので、いろいろ医学的な所見を教えて欲しいと言われたことを思い出しました。たぶん法学部では被告である喜助の弁護人と奉行所(検察)に分かれて公判を開いたのでしょうが、事例の検案なり証拠の鑑定なりについて“専門家(笑)”の意見を聞きにきたのでしょう。ちょっと面白い経験だったことは確かです。
さて『高瀬舟』はとっくに著作権も切れて青空文庫にも収録されていますし、そんなに長い文章でもありませんから、この際お読みになってみることをお勧めしますが、とりあえず問題となる事例を簡単にまとめてみたいと思います。この小説は、京都町奉行で遠島(島流し)の刑を宣告された罪人を高瀬舟に乗せて加茂川を下り、大阪まで護送する同心(奉行所配下の役人)羽田庄兵衛の口から語られる形で書かれています。庄兵衛は江戸時代の寛政年間の頃、喜助というちょっと変わった罪人を大阪まで護送することになったのですが、その喜助の罪状は弟殺し、つまり殺人罪に問われた男だったのですね。
喜助は幼い頃に両親を疫病で亡くして弟と2人暮らし、貧困の中に世の中の辛酸を舐めながらも弟と助け合いつつ何とか暮らしていましたが、この弟が病に倒れて働けなくなり、家で寝たきりになってしまいます。喜助は弟の分まで働いて、乏しい家計の中から薬代なども捻出していましたが、ある日仕事から帰ると弟が布団の上で血まみれになって倒れている、剃刀で喉を切って自殺を図ったが死にきれずに苦しんでいたのです。
弟が言うには、もうこれ以上兄貴に苦労をかけたくないから死のうと思ったがなかなか死ねない、中途半端に喉元に刺さっている剃刀を抜いてくれれば死ねるだろうから、早く抜いてくれ、もう自分にはそれだけの力が無いとのこと。喜助はすぐに医者を呼ぼうと言ったが、弟は逡巡する喜助を恨めしそうに見つめながら早く早くと急かしたので、喜助もこれは弟の言うとおりにしてやろうと剃刀を抜いてやった、その時に頸動脈でも切断してしまったのか、弟はそのまま大量の出血によって死んでしまった、ところがその現場を隣家の婆さんに目撃されてしまって喜助は奉行所へ連行されたのでした。
さてこれを殺人事件と言えるのだろうか。森鴎外はこれを江戸時代の話として大正年間に小説として発表しましたが、森鴎外が問い掛けたこの問題、殺人か、安楽死か、はたまた自殺幇助か、平成も終わろうとする現代に至ってもまだ満足のいく答えは出ていません。
江戸時代の裁判だって暗黒ではなかったはず、京都町奉行は喜助兄弟の生い立ちや暮らし向きを調査し、弟を診断した医者や、喜助が働いている職場の関係者などから事情を聴取して、喜助に故意があったとは判断しなかったはずです。だから死罪を一等免じて遠島(島流し)という判決を下したのでしょうし、現代ならば情状酌量で執行猶予がつくことはまず間違いありません。それどころか弟の看病疲れによる心神耗弱という鑑定で無罪となる可能性もあります。
喜助の事例では、弟は病気を苦にもう自らの生命を終わらせるという決断を自らの意志で下したことが明らかです。まあ、実際の裁判ならばそれを客観的な事実と認定するかどうかは微妙ですが、これはあくまで森鴎外が第三者の視点で小説に記載したことですから、その辺を問うのはやめましょう。
ではもう死にたいと言っている病人を死なせることは、安楽死の執行なのか自殺幇助なのか。現代ではそれを積極的に殺人という人はほとんどいないでしょうが、安楽死として許されるのか、自殺幇助として責められるのか、それを改めて問われる事例が昨年(2018年)8月に公立福生病院で発生しました。
腎不全で透析を必要とする40歳代の女性患者に病院の外科医が、これまで透析に使っていた血管のシャントが狭窄して使えなくなったのを機に、新たなシャント形成手術をするか、それとも透析治療を中止するか、この2つの選択肢を提示、女性は透析治療中止を選択して間もなく亡くなったという事例です。透析は血液を体外に導出して“浄化”した後に再び体内に戻す体外循環経路で行いますが、血液を効率的に体外導出するために、動脈を静脈にシャント(短絡)させる体内経路を作る外科的処置を行い、あとは内科医管理の下に血液量の増加した静脈から血液を抜いて、機械で透析して再び別の静脈から体内に戻すという手順を2〜3日に一度、生涯定期的に続けることになります。しかし長い間この方法で透析を続けていると、せっかく作ったシャント経路が潰れてしまうことがあるので、この女性の場合は、別に新しい動脈と静脈のシャント経路を作る手術をするか、それともいっそのこと、これ以上の透析治療を中止して死を待つかという究極の選択を病院側から提示されたわけです。
先ほどは機械で血液を“浄化”すると簡単に言いましたが、腎臓の機能はきわめて複雑です。一般の方々は「腎臓は老廃物を捨てる臓器」と小学校や中学校の理科や生物で習った知識をそのまま覚えているでしょうが、実はもっと大切な生命に直結する根源的な機能を果たしています。体内の水分や電解質(ナトリウムやカリウム)などをきわめて精密にバランスを取っているのですね。例えば血液中にカリウムが増えすぎると筋肉が正常に収縮できなくなり、ついには心臓までも停止してしまいますが、腎臓は全身の臓器や器官が何事もなく働き続けることのできるこういう微妙なバランスを保ち続けているわけです。
腎機能が極端に低下してしまった腎不全の患者さんでは、全身が正常に機能できる体内環境を維持することができないので透析治療が必要になります。本当は患者さんにとって腎移植が最も効果的なのですが、日本ではまだ移植治療が十分に供給できる体制になっていませんので、やむを得ず透析に頼らざるを得ない患者さんが大勢いらっしゃるのが現状です。
しかし透析を継続すれば生命を維持することができるが、患者さんやご家族にとって精神的、経済的な負担は大変なもののようです。それで公立福生病院では数年前から重篤な腎不全の患者さんとそのご家族に対して、透析をしない、あるいは透析を中止する選択肢を提示して、すでに何人もの患者さんがその選択の結果亡くなっていたと報道されました。最初の頃は躊躇しながら究極の選択肢を提示したが、それで亡くなった患者さんのご家族から却って感謝されたこともあったらしく、次第に自信を持って透析中止の選択肢があることを患者さんに告げるようになっていったとのことです。
『高瀬舟』では喜助の弟は兄にこれ以上迷惑を掛けないで済むよう自ら決断し、自死を決行しようとしましたが、それでも森鴎外は語り部の庄兵衛の口を借りて非常に難しい問題であると問い掛けています。しかし今回の公立福生病院の事例では、自死の決断を病院側から提示したということで、多くの医療関係者や一般のマスコミ読者たちに釈然としない思いを残すことになりました。
そもそもこの事例が明るみに出たということは、亡くなった患者さんとそのご遺族が後悔しているということに他なりません。確かに長年腎不全に苦しんできた病気の家族を安楽に逝かせてくれたことに感謝しているご遺族もいらっしゃるでしょう。とにかく生命維持装置をフルに駆動させて、治る見込みもない患者さんたちを何が何でも延命させるという現代医療のコンセプトには素直に同意できない面がありますが、まだ40歳代の女性患者に死に直結する選択肢を提示することは果たして適切だったのか。
私がマスコミの文面から感じた意見として書いておきます。この患者さんとご家族は、「透析中止イコール死」であることを十分に理解しておられなかったように思います。すなわち透析開始前や、継続中の期間まで含めて、透析を止めたら数週間ももたずに死を迎えることを、医療関係者から十分に説明して貰っていなかったのではないか。ただ漫然と時間を要し、ただ漫然と経費の負担がかかっているように思える治療でも、それを止めたら死に直結するという説明はきちんとされていたのだろうか。
『高瀬舟』の喜助の弟は自分の生命を自分で絶ち切ることを自分で決断しましたが、いやしくも他人の人生を終わらせる決断を丸投げした医療関係者たちは、その重みを患者さん本人とも互いに十分に理解する努力をしたのだろうか、私はその点だけがどうしても腑に落ちません。あるネットの記事によると、病院から透析中止を提示された女性は、お子さんの家に来て「もう透析ができないと言われたから、取りあえず透析を中止してみる」(お子さんの談話)と言ったそうです。
こんな認識のまま透析中止を承諾させてしまったとすれば、同じ医療関係者としては悔やんでも悔やみきれません。もう1ヶ月後にはこの世にいないという覚悟もできていません。もしその覚悟があったならば、その時のお子さんとの会話は遺言に近いものになったはずです。さらに女性が末期状態になった時、透析中止の決断を取り消したいとの意志表示もあったらしいし、家族からも透析再開希望を伝えたそうですが、病院はそれに応じることなく、本人が意識鮮明だった時の決断を尊重するという理由で鎮静剤まで投与して死亡させてしまったと報じられています。この最後の処置だけは、弁明の余地なく自殺幇助ではないかと思いますね。
『高瀬舟』の問題はいまだ解決するどころか、医療の進歩によってさらに複雑なものになっていることを感じましたが、人生をこのまま続けるか、それともここで終わらせるか、そういう究極の決断に寄り添う医師たちには、もっとその決断の重みを患者さんやご家族と共有できる能力を教育しなければいけなかったのではないか。私も教職を終えてみて悔いが残りますし、自分自身も果たして適切な終末期医療を実践できたのか、忸怩たるものがあります。
それほど善からぬサマリア人
飛行機の中で急病人が出て、「お客様の中にお医者様はいらっしゃいますか」とドクターコールがあった時に、求めに応じて手を挙げる医師は半分もいないという調査結果があるそうです。航空会社かどこかがアンケートを取ったら、確か求めに応じると答えた医師は40%くらいしかいなかったらしい。
一般の方々の目からすれば、医師の資格と技能を持っていながら、患者の求めに応じないとは何事かというお怒りはごもっともと思いますが、医師の方にもそれなりの言い分はあるのですね。医師と患者という正式な診療契約もない行きずりの病人を、診断や治療の設備も不十分な(皆無な)飛行機内で診察して、もしも思わしくない結果になってしまった場合、責任を問われかねないという不安があるのです。
飛行機内ばかりとは限りません。鉄道であれ、バスであれ、路傍であれ、状況は同じことです。たまたま聴診器の一つくらい持っていたとしても、採血も心電図もレントゲン検査もできない場所で、これまでの病歴(既往歴)も家族歴も不明な患者さんに、簡単な所見、例えば顔色が悪いだとかお腹が硬いだとかいう前世紀〜前々世紀くらいの医師たちにも劣る情報量をもとに医術を施して、しかも現代医学と同等な結果だけ求められるなんて真っ平御免だというのが多数派の医師の言い分なのです。
町のクリニック近くの路上で突然倒れた男性の妻がクリニックの院長に助けてくれと泣きついた、院長は男性を簡単に診察して気管の腫瘍と診断(これは立派だと思うんですね)、すぐに呼吸を確保しなければ窒息して死んでしまうと判断したので直ちに応急の気管切開を施したが、十分な設備が無かったので思わしくない結果になってしまった、そうしたら妻が院長を医療過誤で訴えた、そういう事例もネットには出ていました。その後どうなったか分かりませんが、面倒な医療裁判になれば日常のクリニックの業務にも支障が出る、示談金で和解したとしても、行きずりの患者に関わったための出費と考えれば大損害だ、あの時居留守でも仮病でも使って「救急車を呼べ」で片付けていれば、こんなことにはならなかった。
国によっては『善きサマリア人の法』というのがあるそうです。新約聖書に出ている話だそうですが、ある人が路上で強盗に襲われて金品を奪われたうえ大怪我をさせられて放置された、ところが通りがかりの人間たちは祭司も含めて見て見ぬふりをしたが、あるサマリア人は憐れに思ってその人を介抱してあげたらしい。私は断じてキリスト教徒などではありませんが、このサマリア人の行為は大変素晴らしいものだと思います。このサマリア人のように倒れている行きずりの病者に対して、無償で善意の行動を取った場合には、その人ができる限りのことを誠実に行なったのであれば、たとえ結果が悪かったとしても法的責任は問わないというのが『善きサマリア人の法』です。
日本ではまだ『善きサマリア人の法』は明確に立法化されていないから、多くの医師たちは飛行機や列車でドクターコールが掛かっても知らんぷりを決め込むそうですが、そういうことをした医師たちから直接間接に話を聞くと、やはり内心忸怩たるものがあるのは事実ですね。多くの医師は人助けをしたくて医学部に入って免許を取ったのだから、本来ならばドクターコールに応じない医師が半数以上ということはあり得ないはずなのですね。
じゃあ、お前はどうなんだと言うことになりますが、私はそれほど善くないサマリア人なのです。飛行機ではありませんでしたが、私も実は東海道新幹線の中でドクターコールに応じたことが2回あります。1回はひかり号(当時はまだのぞみ号はなかった)を小田原に停め、もう1回は停まっていたひかり号を動かしました(笑)。1回目は車内で旅行中のお子さんがお腹を痛がっているというので車掌室で診察したら、たぶん食い過ぎで便秘だろうと思いましたが、万一急性虫垂炎の初期だったりしたら、微妙な腹部所見を揺れる車内で見逃す可能性も無くはないので、後々責任を問われないために小田原駅で臨時停車して降りて貰いました。確かまだ国鉄だったかもうJR東海だったか、後日とにかく礼状1通頂きました。
もう1回は1989年か1990年だったと思いますが、小田原〜新横浜間で台風による土砂崩れがあり、名古屋から新幹線で帰るか在来線で帰るか微妙な情勢になった時のこと、一応“遅れ承知特急券”というのを買ってひかり号に乗りました。翌日は朝から大学病院で勤務だったので、ひかり号が東京まで着かない時には途中で在来線に乗り継ぐつもりでした。ところが車内放送では、例によって静岡までは先に行くとか何とか不確実な情報を流すものだから、そのまま新幹線に乗っていたところ、浜松駅の追い越し線の線路上に一晩停まったままになってしまった。プラットホーム側でないから在来線への乗り換えもできない、しかも浜松駅は緩やかにカーブしているから車体は傾いたまま停まっている、平衡感覚が狂ってくるし座席の指定もなく、デッキでアタッシュケースを椅子代わりに眠れぬまま夜を明かしていると、明け方になってドクターコール、仕方なく行ってみると今の私くらいの年輩の紳士がご気分悪いとのこと、大したことはないと思ったが、私もいつまでも動く気配のない列車(いつまでも列車を動かす気配のないJR)に業を煮やしていたので、車掌から運転司令室に報告をお願いしますと言われて一計を案じました。
電話に出た運転司令室に私は先ず一喝、浜松駅のカーブに停車させているから床が傾いていて気分が悪い、なぜ駅を外して直線上に停めないのか。車内には病人も出ているが、乗客は夕べのうちに東京に帰れると思って乗った人ばかり、持病の薬の持ち合わせもない人がほとんどだろうから、これからまだ停めておくつもりなら、朝方には生命の危険に見舞われる患者さんだって出るだろう、そうなったらすべてあなた方の責任ですぞ!
まあ、台風の土砂崩れで夜を徹して復旧作業に当たられたであろう現場の鉄道員の方々には申し訳ありませんでしたが、これは医師としては決して感情論ではなく、正当な警告であったと今でも思います。それから20分もしないうちに列車はノロノロと動き出し、在来線並みの速度で朝の8時頃にやっと東京駅に到着しましたが、三島駅や小田原駅のホームではダイヤの乱れたこだま号で新幹線通勤するらしき人たちが、なかなか来ない列車を待っている姿がチラホラ見えました。どうせこういう状況なんだから臨時停車して拾っていってあげたら良いのにと思った記憶があります。そういう融通も利かせられないんですかね。
そんなわけで新幹線では私は一応サマリア人でしたが(笑)、路上で倒れている人の場合はそれほど善きサマリア人ではありませんでした。これも2回あります。1回目は大学病院に自転車通勤していた頃のこと、石神井川の橋のたもとで倒れている男性を2人の女性が介抱している現場を通りかかりました。2人の機敏で適切な処置といい、交わしている会話といい、看護師さんであることはすぐに分かりましたので、取りあえず名乗り出ずに様子を窺うことにしました。もちろん2人の手に負えそうもなかったら手伝おうと思っていましたが、どうやら出る幕はなさそうです。
人が意識を失って倒れていると普通の方々は大変だと思うでしょうが、確かに大変ではあるけれど、“大丈夫な大変”と、“本当に危険な大変”があるのですね。私も大学で教えていた頃、実習終了の打ち上げ飲み会でグッタリした学生とか、部活のコンパで意識を失って駅のホームで倒れた学生とか、咄嗟に診察したことがあって、その時は救急車呼ばなくていいよと付き添いの学生に言いました。後から「何で先生は大丈夫だって分かったんですか」と驚かれましたが、何のことはありません、血色が良くて、皮膚が温かく乾いていれば血液循環が保たれているということ、さらに酒を飲んだという“病歴”があれば、そんなことでいちいち救急隊員を煩わせる必要はありません。ただしこれは私が何十年来の医師としての経験で身に付けた直感ですから、一般の方々は大変だと思ったら救急車を呼んで下さい。
その石神井川の橋のたもとで倒れていた方については、サマリア人の看護師さんたち(笑)に処置をお任せして救急車に乗るまで見守りました。翌日大学の救急部の先生に聞いたら、案の定その男性が搬送されて来ていて、やはり大丈夫だったそうです。私はサマリア人ではありませんでしたが、もし最初に通りかかったのが私だったら、たぶんそのまま行き過ぎることはできなかったでしょう。それは医療職免許を持った人間の哀しい習性であるかも知れません。
2回目はつい最近のこと、あるJRの駅の近くを歩いていたら群衆が集まってきていて、中年の男性が倒れている、近くにバイクが転がっていたから、あるいは交通事故だったかも知れません。これは本当に危険な事態で、すでに一般の通行人の方々による連係プレイで救急蘇生が始まっていました。近くに設置してあったAED(自動体外式除細動器)を装着中の人がいて、別の人が男性に心マッサージを施している。
最近では普通の職場でも救急蘇生法の講習を受講された方が多いのは心強いことです。その場で救急蘇生を実施していらしたのも、そういう講習を受けられた方々であることは一目で分かりました。心マッサージで手を当てる位置も、胸を押す力やリズムも非常に的確で、講習で覚えた手技を正しく実施しているのですが、残念ながら、男性が車道と歩道の段差を跨いで倒れているままの状態で行なっている。これでは男性の身体の下部に隙間ができてしまい、せっかくのマッサージの力が有効に心臓に作用しません。心マッサージは固い平面の上に寝かせて行なうのが鉄則です。おそらく初めて実地に行なう救急蘇生法に興奮して忘れてしまったのでしょう。
「そこでは心マッサージが有効でないから歩道に上げて」
と言おうとしましたが、ちょっと待てよ、もし頸椎でも脱臼しているのを急に動かしたら脊髄損傷を起こして全身麻痺になるかも、万一そうなったら私が医療責任を問われかねない、悲しいことに私の頭をよぎったのはそのことでした。それに最初に居合わせた通行人たちの協力でせっかく救急蘇生が進行しているところへ、自分は医者だと言って出て行ったら、その人たちは手を引いてしまって蘇生の流れが一時中断されてしまいます。取りあえずAEDも装着されたばかりだし、1〜2回電気ショックの様子を見よう。
案の定1回目の電気ショックは無効でした。ちょうどその時、通りかかった看護師らしき女性が、患者を歩道に上げて心マッサージしないと意味ないですよ、と忠告してくれました。私が言おうと思っていたことを代わりに言ってくれて助かりましたが、このサマリア人の女性はそれだけ言うと、さっさとどこかへ行ってしまいました。たぶん私と同じことを考えたのではないでしょうか。
しかしさすがプロの看護師らしき女性のアドバイス、しばらくその通りに心マッサージをした後にもう1度AEDの電気ショックを加えたら、男性はまさに息を吹き返すといった感じで、腹壁を激しく揺らして喘ぐような自発呼吸を開始しました。そこへちょうど救急車が到着、私はサマリア人になれないまま、あとは救急隊員にお任せしてその場を離れたのでした。
飛行機や列車内のドクターコールや通りすがりの路傍に倒れている病者の診察、やはりちょっと考えさせられることも多いですね。医師や看護師を志した人間の多くは、倒れている人を見かけたら何とかしなくては…と思う気持ちを持っているはずです。どこかのアンケートのように、ドクターコールは知らんぷりする医師が半分以上いるなんて考えられないことです。私もどちらかと言えば、求められれば飛び出して行く方のタイプだと思いますが、路上で一般の通行人の方々による救急蘇生の現場で、やはり真っ先に頭に浮かんだのは医療訴訟のことでした。
医療が絡む事故が起これば悪いのは医療人。販売部数や視聴率を稼ぎたいマスコミの意地の悪い報道に先導されたそういう既成の先入観を払拭しなければ、医師や看護師の無償の善意といった美徳は、ますますこの国から消えていくことになると思います。
素晴らしく速い電車
まだ私が小学校に上がるよりもずっと前の記憶ですが、当時の鉄道には素晴らしく速い電車が走っていました。大人に連れられて電車に乗って車窓を過ぎ行く外の景色を楽しんでいると、時々矢のようにビュッと目の前を横切る電車があったのです。
「ワアッ、速いなあ、いいなあ、あの電車に乗りたいな!」
子供心をときめかせたその素晴らしく速い電車が通り過ぎた後は、自分の乗った電車の窓から見える外の景色がトロトロとゆっくり後方に流れていくだけ、あっちの電車の窓からはきっと木や家や道や人が物凄いスピードでビュンビュン後ろへ飛んでいく景色が見えるんだろうな。
しかし残念ながら私はまだ一度もその電車に乗せて貰ったことがありませんでしたし、そのうちいつか乗れる日が来るだろうと心待ちにはしていたけれど、ついに乗る機会はありませんでした。
“素晴らしく速い電車”は今でも線路の上を走っています。これが窓の外をビュッと通り過ぎるその電車です。自分の目に写った物だけしか世界として捉えられなかった幼児時代の私、速度の概念がなければ相対速度なんて理解できないし、隣の線路を動く近くの物体は遠くの景色よりも網膜上を早く移動するという角速度も理解できない、そんな子どもの目には隣の線路上をすれ違う対向電車は素晴らしく速いものに写ったのですね(笑)。
さていつまでもあの“素晴らしく速い電車”に乗れなかった私は、子供心にいろいろ考えたようです。もしかしたら向こうの電車に乗っている人の目からは、今自分が乗っているこの電車が素晴らしく速いように見えているんじゃないか?
今になって思い返してみれば、これはまさに私の身に起こった大きな思考転換だったのです。この世界は自分の見た物だけがすべてではない、他者の目から見た違う世界もあるのだと気づいたのですね。
たぶんそこまでの思考過程は大体こんなものだったと思います。“素晴らしく速い電車”は私が大人に連れられて電車に乗るたびによく走っているのを見るが、常に反対側の線路にしか走っていない、また駅のホームや踏み切りでこちらが立ち止まっている時には走っていない、さすがの幼児もこれは変だなと気づいたようです。そしてそう考えるとすべての事が矛盾なく納得できる…。
しかしこちらの電車と向こうの電車に同時に乗ることができない以上、その実証は不可能だということをもどかしく感じていたことも覚えています。それを初めて“理論的に”説明できるようになったのは小学校の算数の時間でした。皆さん、覚えてますか。小学校の算数というのはずいぶん多彩なことを習うのですね。
●Iと亀が合わせて15匹、足の数の合計は42本、Iと亀はそれぞれ何匹?…という『つるかめ算』。
●時速4キロで歩くA君を30分後に時速8キロの駆け足で追いかけたらいつ追いつく?…という『旅人算』。
●1キロの街道沿いに55本の樹木の並木があったら樹と樹の間隔は?…という『植木算』。
などという面白い状況設定の計算問題に並んで『列車算』というのもありました。長さ80メートル時速80キロのA列車が長さ60メートル時速60キロのB列車を追い抜く時に、A列車に乗っている人からは何秒で追い抜きが完了するか、またA列車とB列車がすれ違う時に、B列車に乗っている人からは何秒ですれ違いが完了するか。そんな計算問題を解いていると、まだ幼稚園児だった頃の疑問が心地よく氷解するようで楽しかったものです。
子どもというのは素朴だけれど意外に難しいことを考えているものなのですね。そしてそれは大人になってからの世界観にも影響を与えているのではないかと思います。
あちらの電車からはこちらの電車がどういうふうに見えているのか?
その疑問は人間関係において他者の目を意識する訓練になったのではないか。価値観の相対性ですね。自分からは相手の考え方は変だと思うけれど、相手からは自分の方が変に見えているかも知れない、私は自分でも気づかないうちにそういう物の考え方をしますが、たぶん“素晴らしく速い電車”を見た幼時体験が基礎にあるのかも知れません。自分の価値観を絶対的な正義として振りかざし、相手を一方的に責め立てている人を見ると、自分はああならなくて良かったと、あの“素晴らしく速い電車”が懐かしく思い出されます。
幼時体験が大人になってからの世界観に影響を与えることは、他のいろいろな事柄についても当てはまるだろうし、また誰にでも同じように起こっていると思います。ただし幼時体験は人により異なるでしょうし、また同じ幼時体験が誰にでも同じ世界観を形成するとも限りません。大切なのは子供たちがさまざまな幼時体験を通じて成長していく過程を見守ること、あまりにも幼いうちから大人の価値判断だけでゲームや学習プログラムを与えてしまうと、幼時体験が画一的なものになってしまうのではないかと心配です。
健康診断の苦労
昨年(2018年)定年1年目を締めくくる記事を載せた時、いろいろな職場の健康診断(健診)の仕事もやっていることを書きましたが、最近ちょっと怒りを感じるニュースを目にされた方も多いかと思います。群馬県で47歳の男性医師が健診中に若い女性の胸を触るという猥褻(わいせつ)行為で警察に逮捕されたというニュースです。
それによると男性医師は昨年9月に群馬県内の自動車部品製造会社の定期健診を請け負った際、18〜25歳の若い女性社員4人に聴診器を当てるように見せかけて彼女らの胸を触ったとのこと、健診終了後に今日の医師の診察はおかしかったとの“被害”を相談された会社が警察に通報、警察は約8ヶ月の捜査を経て医師を逮捕したそうです。もちろん容疑者は、胸には触ったが故意ではないと容疑を否認しているとのことでした。
私にとって定年退職後はまんざら他人事ではない事件、しかもこのニュースが初めて流れた日は、選りも選って若い女性保育士さんたちが圧倒的に多い職場の健診に出かける日でした。まったく人騒がせな事件を起こしてくれましたね(苦笑)。しかし警察も敢えてよくこの医師の逮捕に踏み切ったものです。男性医師が女性を診察するのに、まったく指一本触れずに済ますということは、精神科の患者面談でもない限り不可能、医師を猥褻容疑で逮捕しても、診察の過程でたまたま胸に触れただけと言い逃れされたら、故意を証明する客観的証拠などあり得ませんから、そう簡単に立件できるとは思えません。警察にはよほどの確信があったのでしょう。
最近ではこういう事件が報道されると、容疑者を絶対許せないと思う人たちが、出身地や勤務先から学歴や家族構成まで根掘り葉掘り調べ上げて、顔写真や自宅写真などと一緒にネット上で晒し者にすることが多く、こういういわゆる“ネット捜査”とか“ネット裁判”はもしも冤罪だった場合には標的になった人の以後の人生を狂わせてしまう恐れが非常に強いので大きな問題だと思いますが、今回の猥褻行為に及んだとされる医師もお決まりのネット上の被告席に座らされてしまいました。
あくまで“ネット裁判”による話ですが、今回の医師には12年前に轢き逃げの前科があるとのことです。飲酒運転の疑いもあるかなり悪質なものだったらしいのですが、地元の開業医ということで処分が軽く済まされたのではないか、警察としてはメンツを潰されたと感じていたところ、昨年になって同じ医師による健診中の猥褻行為の訴えがあった、それで8ヶ月間の身辺捜査を進めてかなり確実な証拠を固めたので逮捕に踏み切った、そんな裏があったのではないかと私は想像しますね。
それはともかく、健診中に受診者の胸を触った、そんなことでいちいち逮捕されていたら、私に限らず男性臨床医は1人残らず留置所か拘置所で日々を送らなければいけなくなります。それに電車内の痴漢冤罪事件がたびたび報じられるように、若い女性受診者の訴えだけを聞いていては、男性医師はいくつ身があっても足りない。だから警察が健診に従事した医師を逮捕したという裏には、よほどのことがあったに違いないと思うわけです。
今回逮捕された男性医師は、故意に女性受診者の胸に触ったわけではないと容疑を否認していますが、そう主張するのは当然です。もしこの医師が、ごめんなさい、ついムラムラして触っちゃいましたなどと供述したら、えらい騒ぎになる、差し当たって明日から男性医師による職場健診は不可能になるでしょう。
しかし警察や検察の取り調べが白黒いすれになるか現段階では不明ですが、この医師には医療や健診に従事する者としての自覚が不足しており、医師としての資質が決定的に欠如していると私は思います。ネット上では男性医師の診察に看護師を立ち会わせるべきという論調もありましたが、全国津々浦々の企業で行われている定期健康診断の診察で、男性医師が“猥褻行為”をしないようにお目付役の看護師を配置するとなったら、女性看護師が何人いても到底足りず、日本の健診業務自体が破綻するでしょうね。
事業所内の小部屋や簡単なカーテンで仕切った個室スペース内で、医師と受診者が1対1の2人きりになる健康診断で、特に若い女性が初対面の医師の診察を受ける時にどんな不安や羞恥を感じるか、47歳という分別盛りの年齢に達していながら、この医師はそんな事にさえ思いが至らなかったのでしょうか。疑われるような動作や表情を見せないなど当たり前で、さらにできるだけ簡潔に短時間で診察を終えてあげるべきです。
そもそも半日で数十人もの受診者を対象に診察しなければならない健康診断は、何らかの健康上の問題を抱えて病院を訪れた患者さんの診察とは違います。医学部の学生時代に習った内科診断学の講義では、患者の上半身を裸にして、心臓と肺の音を精密に聴診(聴診器を胸や背中の皮膚に当てて行う検査)するように習いましたが、1人せいぜい数分以内に終えなければいけない健康診断に、そんな精度の高い診察は困難ですし、まず必要がない。
肺の呼吸音をじっくり聴いて診断するような肺炎などは、同時に施行している胸部レントゲン撮影でチェックできますし、治療が必要な心臓病を患っている人ならば元気な顔で健診会場に現れるはずがありません。内科診断学では患者さんの上半身を裸にして行うと確かに習いましたが、受診者が普段気付かないであろう心雑音や不整脈(脈拍の乱れ)などは、衣擦れしないようにじっとしていて頂ければ、薄い下着の上からでもチェックできます。若い女性でも裸にしてブラジャーまで外させる健診の医師がいるとネットには書いてありましたが、それをやったらどんなあらぬ疑いを抱かれても文句は言えません。それに若い女性に裸になるように指示すれば、多くの方は躊躇して衣服の着脱に時間を浪費してしまい、制限時間内に健診を終えることができなくなると思います。
47歳もの年齢になって、それまでのさまざまな職業経験や社会経験からそんな配慮もできなかったこの医師には、やはり相応の資質が備わっていないのではないかと私は考えるわけですね。私の場合、女性受診者には服を脱がずに襟元の第一ボタンだけ外して貰い、そこから聴診器の先端だけを中に入れて心臓の上半分くらいの音を聴き、次に上着の裾の部分を少し浮かして貰ってやはり聴診器の先端だけを中に入れ、心臓の下部(心尖部)の音を聴きます。
確かに上着の裾から聴診器を入れるのは完全な手探り状態なのでとても苦労しますね。胸元の膨らみ具合から大体バストサイズを推測して心尖部に聴診器を当てるようにしますが、女性のバストほど千差万別なものはありませんし、特に下端に頑丈なワイヤーの入ったブラジャーなどお召しになっていると、それをこじ開けて聴診すれば私まで警察に逮捕されかねませんので、その時は上部の聴診所見のみで終わらせます。それに心尖部に心音の異常があるような方なら、何らかの症状が出ているか、あるいは同時に施行している心電図検査や胸部レントゲン撮影でチェックできるはずですから、女性受診者を不安がらせてまで無理する必要はないのです。
受診者にとって健康診断とは、労働安全衛生法などで定められていなければ本来受けなくても済むものなのですね。男女を問わず普段からご自分の健康状態に関心を持って頂くというのも健診の目的の一つなのですから、強制的に衣服を脱がせて不安感や嫌悪感を煽ってしまっては逆効果です。必要な診察所見は取りながらも、ああ、この健診を受けて良かったと思われるような診察をしなければいけないな…と、そのことが病理診断とは異なる健康診断の苦労です。
老い越し運転注意
私の住む練馬区の花はツツジ、漢字で書けますか、『躑躅』ですが、漢字は読めても即座に書けない人の方が圧倒的に多いでしょうね。それはともかく(笑)、今年(2019年)も練馬駅前の公園にツツジの花が咲き乱れる季節が間もなく終わろうとしていますが、今年は植え込みの中にちょっと気になるツツジの品種を見つけました。「老いの目覚め」(立て札は「老の目覚」になっている)というクルメツツジの一種です。九州の久留米地方で栽培されたからクルメツツジだそうですが、「老いの目覚め」というちょっとショッキングな名前に、園芸好きの方々のサイトでは話題になることも多いようです。
目の覚めるような鮮烈なピンク色の花なので、「老いの目覚め」というネーミングはふさわしくないような…。それとも老いた人間もシャキッと目を覚ませという意味なのか、その名前の由来はよく分かってないみたいです。しかもクルメツツジ全体の花言葉は恋の喜びとか、燃える思いとか、情熱とかいうので、ますます分からない。
余生短し恋せよ婆さん…(笑)。
まあ、クルメツツジには他に節制という花言葉もあるそうですが…。
この練馬駅前の公園の看板、文字が一部消えかけているので、私は傍らを通り過ぎた時、「老いの自覚」と読んでしまい、思わずギョッとして立ち止まったものです。これで思い出したのが、この春先からたびたび問題になっている高齢者ドライバーによる交通事故、まったくこの頃はカラスの啼かない日はあっても、高齢ドライバーの事故が報道されない日はないくらい、連日のようにマスコミやネットを騒がせています。
私も50歳代後半くらいから注意力がやや散漫になる傾向が気になりだしたので、還暦を少し過ぎた時に思い切って愛車を手放した話は以前このコーナーに書きました。注意力散漫といっても、運転中に居眠りしたりよそ見したりというレベルではありません。若い頃は同乗者とお喋りしていても、オーディオで音楽を聴いていても、自分の進路上のあらゆる危険の可能性はすべて認識できている自信がありました。どんな小さな交差点からいきなり人や自転車が飛び出してきても十分対応できる運転をしていると胸を張れましたが、60歳が近づく頃から車道と交わる小径に気付かなくて、ああ、今の場所で子どもが突然走り出てきていたら危なかったなと思うことが時々あるようになりました。
まあ、普通のドライバーなら何事も無かったということで大して気にも留めないかも知れませんが、やはり交通事故は一度加害者になってしまったら、もうどんなに悔やんでも詫びても言い訳しても、二度と取り返しがつかない。だから大勢の方々よりもずいぶん用心深いタイミングだったとは思いますが、還暦ちょい過ぎで早々と運転から足を洗って愛車を手放したわけです。運転免許証はまだ保持していますが、これも70歳を過ぎたら返納するつもりです。
高齢になっても自動車がないと仕事ができないとか、公共の交通機関が不便なので買い物も病院通いも不自由だとか、体力も衰えたので車を運転しないと家に引きこもりがちになるとか、人それぞれに相応の理由はあるでしょうが、まかり間違えば何の落ち度もない歩行者や他のドライバーを殺傷するリスクが高くなる高齢者の運転に関しては、もはや日本国憲法の公共の福祉の原則を適用せざるを得ないのではないでしょうか。
いかに身体機能、思考判断力の衰えた高齢者であっても、運転免許証を保持していれば公共の福祉に反しない限り、自動車を運転する権利を行使する自由があります。この場合の公共の福祉とは、何の落ち度もない歩行者や他のドライバーの安全が保証されること、そして通常は公安委員会から運転免許証を受けている者であれば、自動車の安全な運行に必要な知識と技能を備えていると見なされていたところ、医療の発展により人々がその必要な知識と技能が目減りするほどの高齢まで生き延びるようになり、そういう高齢ドライバーが運転する車の事故で生命を絶たれる若い人が増えてきて、昨今の報道番組を騒がせているというのが現状でしょう。
もちろん交通事故を起こすドライバーは高齢者と限ったわけではなく、若年者でも壮年者でも起こしていますが、それが高齢ドライバーの事故を免罪する理由にはなりません。罪も無い周囲の人間が巻き込まれて死傷する事故を起こしやすい年齢層には、それなりの規制が必要で、従来のように高齢者の良識と自覚にだけ頼っていては事故は減らないことは明らかです。高齢者は若者のように無謀な暴走をするつもりもなく、時間に追われてつい交通法規を無視するわけでもない、身体機能と認知機能の衰えが善良な高齢者をして交通事故の“容疑者”にするのですから。
最近では高齢者は運転免許更新の前に、記憶力・判断力の試験を伴った高齢者講習が義務づけられていますが、果たしてどのくらい実効性があるか疑問です。この老人に運転を継続させたら危険だと判断しても、主治医の診断書が提出されれば免許不適格の判断も覆せるような抜け道があります。別の記事にも書いたように、目の前の患者(免許更新を希望する高齢者も含む)から懇願を受けた場合、その患者が不適格の烙印を押されかねないような診断書を敢えて書ける勇気ある医師は少ないと考えます。
「一応異常なしと書いておきますけど、絶対に運転は気をつけて下さいね。」
アリバイ的な気休めの口頭注意で良心の呵責をなだめつつ、不本意な診断書を発行する気弱な医師の姿が私には目に浮かびます。この高齢者が人身事故を起こした場合、その免許更新の根拠となった診断書を発行した医療機関も処罰の対象にしなければ、高齢者講習の主旨は徹底できません。
そもそも今年(2019年)4月に池袋で暴走事故を起こして横断歩道を自転車で渡っていた母娘を死亡させた87歳のドライバー、東大工学部出身の元通産省官僚で叙勲も受けているから逮捕されないのかとネットでは喧々諤々の騒ぎですが、目白警察署に出頭した際や事故現場の実況見分に立ち会った際に両手で杖をついてヨチヨチ歩く姿が報道されていました。あれは事故の後遺症とは思えませんし、数年前まではしっかりした足取りで歩行できていたとも思えません。ということは、あのドライバーが最新の運転免許更新や高齢者講習時に警察署か免許試験場に現れた時、その情けない足取りで歩く老人ドライバーの免許更新の可否にチェックが入らなかったということ、つまり高齢者講習などはこれから免許更新を申請しようとする高齢ドライバーに対するイヤガラセ的な抑止効果しか無いことを如実に示していると私は思いますね。
まあ、高齢者ばかりでなく自動車の交通事故を本格的に防止するためには、アクセルとブレーキの踏み間違い防止装置とか、究極的には自動運転の普及が必要と思いますが、それはそちらの記事にも書いたとおり、人類社会から自動車の運転技術が失われて人類文明の衰退につながる道だけに、私としては複雑な思いがあります。とりあえずは運転に不安を感じるようになった高齢者は、自分の身体機能や認知機能の衰えを率直に認めて、運転免許証を封印(自主返納ではない)、何年か自動車の運転を控えることをお勧めします。そうしているうちにもしかしたら自動運転の車が発売されて、何の不安も感じることなくまた運転できるようになる日が来るかも知れませんし、今まで車を使っていた道を歩くことによって足腰が鍛えられ、健康な老後を過ごせるようになるかも知れません。
とにかく老いの坂を越えたら“老い越し運転”に注意、事故った高齢ドライバーの多くが、そろそろ免許を返納しようと思っていたところだと口を揃えてコメントするようですが、いつかしよう、そろそろしようは、いつまでもしないということ、若い頃からの「いつか勉強するぞ」、「いつかチャレンジするぞ」が決して成就しなかったことを思い出すべきですね。
医師のリーダーシップ
私は若かりし頃に3年間、静岡県浜松市の遠州総合病院で小児科医として働いていたことは自己紹介のページにも書いたが、あれから40年近く経って当時の助産師さん、看護師さん、事務員さんたちと再会する機会があった。私が勤めていた頃の浜松は、20階建てくらいのコンコルドホテル浜松が開業したばかりで、浜松随一の高層を誇っていたものだったが、現在では浜松のシンボルタワーとも言えるアクトシティーホテル浜松を始めとして新しいビルが幾つも建ち並び、駅前の景色は一変した。そんな浜松を訪れて、午後は昔の産科のスタッフとお茶の時間を過ごし、夜は小児科のスタッフと食事を共にした。産科のスタッフもお茶だけでは物足りないと言って、日を改めて食事の会を催してくれたが、小児科のスタッフも、産科のスタッフも、お互いにそれぞれの人生を歩んで年齢を重ねてきたことさえも忘れるほど、昔のいろいろな思い出話に花が咲いた。
本当に良い職場で働けたことに心から感謝したいが、考えてみれば、私はあの頃まだ30歳前後のぺーぺーの駆け出し医者だったのだ。小児科の未熟児・新生児医療と産科の妊娠分娩管理を一貫して行なえば周産期医療の成績は一気に改善されるはずだという、当時は誰も考えなかったような医療を実践していたとはいえ、そんな若造が現場のスタッフから何十年も覚えていて貰えるようなリーダーシップを発揮できたのは、やはり医師という職種のありがたさだったろうか。
当時は昭和40年代中期に起きた某大学附属病院採血ミス死亡事件の判決の余波を受けて、看護師の医師に対する不信感が大きかった時期が続いていた。供血者の静脈に接続した採血チューブを電動吸引採血機の陰圧側につなぐべきところ、看護師が誤って陽圧側につないだために健康な男性供血者の血管内に大量の空気を送り込んで死亡させてしまった事件、当時の医師や看護師なら「○○大採血事件」として知らない者はいないであろう。
当時まだ認可されていなかった電気式の採血ポンプの操作を看護師に任せきりにしていた医師は、裁判で看護師のみに責任を転嫁しようとしたため、全国で多くの病院の看護師が態度を硬化させていた(判決は医師、看護師とも有罪)。私が浜松の次に勤務した某都立病院の一般小児科病棟では、看護師が注射器にも点滴のチューブにもいっさい触れない、定時の点滴内投薬などは深夜でも当直医を起こしてやらせ、自分たちはナースステーションで我関せず、談笑しながらお茶を飲んでいるような者が多かった。
そんな病院もあった時代において、遠州総合病院の看護師さんなどコメディカルスタッフの方々は本当によく助けて下さった。点滴内投薬などは当たり前、夜中に小児患者が暴れて点滴の針が抜けると未熟児であっても看護師さんたちだけで刺し直したり、採血したり、朝飯前のようにこなしていた。気管内挿管(呼吸障害の子供を人工呼吸器で治療するために気管内チューブを留置すること)以外は看護師さんたちだけでもできたが、これは当時アメリカの小児科学会で認定されていた最高レベルの新生児専門看護師にも匹敵する技能だった。
それは別に私たち小児科医が看護師に無理強いしたことではない。看護師さんの方から自分たちにもやり方を教えてくれと申し出てくれたことだった。彼女たちは、自分が医師の指示で働かされているとか、自分も少しは何かしなくてはいけないとか、そういう義務感で働いていたわけではないだろう。私たち小児科医と一緒に働くのが楽しくて仕方がないといった様子さえ窺えた。産科の助産師さんも、新しい周産期医療を先頭に立って実践している私と一緒に仕事をするのが楽しかったのだろう、だから40年近く経っても忘れずにいてくれるのだ。
そう言えばあの病院の仲間の小児科医が、夜中に状態急変した小児患者の心電図を自分で検査したら、翌日になって検査技師さんから「何で俺を呼んでくれないんだよ、先生たちが心電図を必要と思ったら、俺たちはたとえ夜中でも絶対に検査に行こうと思っているんだぜ」と文句を言われたというエピソードもある。今にして思えば、当時の私たち小児科医チームは何物にも替えがたいリーダーシップを発揮していたのだなと誇りに思う。
リーダーシップは口先だけで念仏のように唱えていても、部下たち(医師でいえばコメディカルスタッフ)の前で偉そうに吠えてみても実現するものではない。リーダーシップとは、部下や同僚から心からの信頼と尊敬を獲得して忠実な協力をして貰えるような技術と定義されていることは別のコーナーでも述べた。権威に頼ってうわべだけ部下を統率しているように見せかけても、それはリーダーシップではない。どうしても権威に頼らざるを得ないから、部下を脅したり、怒鳴りつけたり、わざとイライラした不機嫌な素振りで威嚇したりと、横暴で傲慢に振る舞う上司の何と多いことか。
医師とは、リーダーシップの何たるかを踏まえて、自分がきちんと真面目に謙虚に職務に邁進しさえすれば、たとえ若年であっても自然に良きリーダーになれる恵まれた職種である。なぜなら医療の現場では、患者の診断、治療に関する最終責任を取るのが医師だから、ベテランの看護師、助産師、臨床検査技師にとって若輩医師であろうと心からの信頼と尊敬の対象になり得るのである。
私は大学に勤務中、医学部の学生さんを教えることも多かったが、その何十倍もの時間を看護師や臨床検査技師を目指す学生さんたちの講義に費やしてきた。その彼らがめでたく卒業して国家資格を取得した後、それぞれの職場に就職していくわけであるが、必ずしも私が30歳前後だった浜松時代ほど幸福でないことに心を痛めることが多いのはなぜか。
先ほども書いたように、医師は医療現場の最終責任を一手に負わされている職種であり、その医師が自分の責任を自覚してキビキビ働いている限り、他のコメディカルの職種はその医師を信頼して一緒に働くことで、自分の仕事にも誇りを持って安心して働ける、まさにそのことこそ彼らにとって幸福な職業人生ではないかと思うのだが、その誇りと安心感を与えられない医師が多いのが現状である。早い話が、医師は勤務開始の8時半ないし9時に病院に出勤していれば、それだけで他のコメディカルスタッフも安心するのだが、それさえできない。
自分の責任を自覚してキビキビ働かない医師は、自分は医学部を出た、すなわち18歳前後の頃にたまたま英作文や微分積分の得点力の偏差値が高く、たまたま6年間も学費の援助を受けられる裕福な家庭に育ったというだけで、自分は生涯にわたって無条件に他人から尊敬を受けるべき特権階級であると勘違いしているのである。自分は偉いからコメディカルは自分の言うことに従うべきだ、自分はわざわざ大変なことをしなくてもコメディカルにやらせておけばいい、自分はルールに従わなくても大目に見られて当然だ、いや大目に見るべきだ。
一般の方々やコメディカルスタッフの方々は、まさか医学部をご卒業になったお医者様でそんなこと考えてる人がいるなんて信じられないかも知れないが、私は実際にこれに類することをシャアシャアと口にしたバカ医者を何人も知っているし、ルール違反どころではない、インフルエンザに罹患したら他の入院患者さんへの感染防止のために自宅療養が医療の原則にもかかわらず、自分だけは例外とばかり、入院させろと強要したバカ医者に、後難を恐れてそのバカ医者の言いなりになって入院患者さんたちを危険に晒した腰抜け医者もいる。しかも悪いことに、そういうバカ医者に限って上層部にはペコペコするから、医長だとか、院長・副院長だとか、学科長・学部長だとかに取り立てられていることさえある。
そういうバカ医者は自分は楽をしたいし、大変な責任は逃れたいし、それでいて偉そうに振る舞いたいから、部下に対しては理不尽な要求を押しつけるし、パワハラ・セクハラの類も多い。私も高校時代の友人などに聞くと、一般の職場ではパワハラやセクハラ防止のための講習などもあるそうだが、医療の世界にそんなものはない。病院経営者や事務官にとっては、医師は経営上“お飾り”としてでも居てくれないと困るから、「先生、それはセクハラですよ」とか「パワハラは止めて下さい」などとうっかり諫めてヘソを曲げられたら大変だと思うらしく、決して医師のハラスメントが表沙汰になることはない。
そういうバカ医者が権勢をふるっている職場に就職したコメディカルスタッフにとって仕事が楽しいはずはないであろう。必ずしもバカ医者自身からハラスメントを受けるわけではない。上層部がハラスメント体質だと、職場全体が同じ体質になる傾向がある。院長が部下の医師をいじめると(例えばお前の診療科は収益が低いとか)、その医師は自分の部署のコメディカルスタッフに八つ当たりする、今度はそのコメディカルスタッフのチーフ(看護師長や検査技師長)が部下に八つ当たりする、こうして新人や若手の看護師や検査技師は居場所がなくなって転職を考えるようになる。
真のリーダーシップを知らない医師しかいない部署では若手看護師や検査技師の離職率が高い。これは一般社会でも同じと思うが、若手や中堅が誇りを持って喜んで働けない職場は、必ずと言っていいほどトップの資質が悪い。医療の現場では真っ当な責任観念を持った医師がキビキビ働く限り、一緒に働くコメディカルも自分の仕事に誇りを持てるから離職者は少ない。私は臨床検査や看護の学生さんたちを何百人も送り出してきて、医学部の学生さんたちにはもっとそのことを教え込んでおくべきだったと後悔している。
ケーシー白衣とは
いよいよ7月29日になって、関東甲信越でもやっと今年(2019年)の梅雨明けが宣言されたらしいです。また猛暑の夏が巡ってきます。人間なんて身勝手なもの、暑くなりゃ暑くなったで、異常に低温だった梅雨時が懐かしい。
真夏日は 梅雨の寒さを懐かしみ
雨傘差して 日傘にしてみる
それにしても今年の梅雨明けは遅かったですね。去年なんか6月のうちに梅雨が明けたのに、今年は8月の声を聞く時期になってやっと夏らしくなりました。
ところで私の場合、夏になると仕事着の白衣がケーシースタイルになります。モデルさん(笑)が着ている右側の写真がいわゆるケーシー型の白衣ですね。コートのような左側の“普通の白衣”よりも裾が短くて半袖で、左肩から左脇にそってボタンとファスナーで止める形式が一般的です。
最近では医師、看護師、検査技師、放射線技師、介護士など医療・福祉スタッフばかりでなく、美容師、理容師、調理師などの方々もよく着用されているようで、さまざまな場所で見かけることが多くなりました。
さて医療関係者の皆さんはケーシー型白衣という名称の由来をご存知でしょうか。1960年代に日本でも放映されたアメリカの医療ドラマ『ベン・ケーシー』が元になっていることを知らない方が多くで愕然とします。KCという白衣の型番だと思っている人もいました。しかし本当は、ドラマの中で主人公の若き脳外科医ベン・ケーシーが着用していたからケーシー型白衣と呼ばれるようになったのです。何だかウソみたいな話ですね。英語でもCasey
white coatといい、欧米の実験衣・白衣のカタログサイトにもそう書いてあります。『ベン・ケーシー』の主人公を演じたヴィンセント・エドワーズも俳優冥利に尽きるのではないでしょうか。
ドラマが日本で放映されていたのは私が中学生から高校生くらいでしたが、当時の私は海上自衛隊の護衛艦長に憧れていて医者になる気などさらさらなく、テレビドラマといえば『ウルトラQ』とか『ウルトラマン』とかそんなものばっかり…(笑)。だから『ベン・ケーシー』のドラマ内容については何の記憶もございません。ただこの白衣を着て医者をネタにした漫談で人々を笑わせていたケーシー高峰という芸人さんがいたことは知っていました。今年(2019年)の4月に亡くなられたそうです。ご冥福をお祈りします。
しかしケーシー白衣は『ベン・ケーシー』に由来する白衣のただの愛称だと思っていたら、日本やアメリカなどの衣料品サイトにもCasey(ケーシー)の名前で販売されているのを見てビックリしました。どうやらこれが正式名称と考えてよいのかも知れません。ところで話は突然変わりますが、愛称と正式名称はずいぶん隔たりのあることも多く、愛称で呼んでいた物に実は本当の正式名称があったなどということはかなりあります。また名前も知らずに「あれ」とか「これ」とか「プチプチ」などと呼んでいた物にも正式名称があったりします。その「プチプチ」(梱包材料でプチプチ潰して遊ぶアレ)は「気泡緩衝材」というのが正式名称です。「ホチキス」は「ステープラ」ということは知っていても、電気の「コンセント」は「配線用差込接続機」、英語では「アウトレット」ということまで知っている人は意外に少ない。あと食パンの袋を留める小さなプラスチックのチップは「バッグ・クロージャー」とか…(笑)。
そういういろいろな名称を集めた『正式名称大百科』という本を、正式名称研究会が2010年にTOブックスから出版しています。パラパラめくっているだけでも面白いですね。札幌時計台も正式には旧札幌農学校演武場ということも紹介されており、そのページに使われている写真は私のサイトの写真です。出版前に著者のお一人から丁寧な写真使用許諾のお願いがありました。
しかしこの本にもケーシー白衣の名称のことは書いてありませんでした。「セパレーツ型白衣」とか「セパレーツ型実験衣」とかいうのかと思って調べてみましたが、ちょっと期待外れでした。ただ幾つかのサイトを探した範囲では、昔は理容師が着用していたと書いてあります。昔の理容師(床屋)は外科手術もやったそうですから、それを外科医のベン・ケーシーがドラマから現実の医療の世界に持ち込んだのが最初でしょうか。また何か分かったらご紹介します。
ちなみに理容師が昔は外科医も兼ねていたというのはかなり有名な話、床屋の店の前のクルクル回る3色の看板は、赤が動脈、青が静脈、白が包帯を表しているという説もあるそうですが、あの看板は「有平棒(あるへいぼう)」と呼ぶそうです。語源はポルトガル伝来の砂糖菓子 有平糖の形から…。有平棒の原型ができたのは、血管に動脈と静脈があることの発見よりずっと古いらしく、例の動脈・静脈・包帯の説を否定する人も多いとのことでした。
ここは病理医の独り言の第15巻です。 第14巻へ戻る 第16巻へ進む
トップページに戻る 病理医の独り言の目次に戻る